エゴはこの世を体験するための道具なんだと腑に落ちた。
知識としては知って分かってる気でいた。
エゴは完成された道具で
それを持ってこの世にきたけど、
自分がエゴを見続けて
本当の自分だと思うようになった。
だから、本当の自分を思い出すんだ。
こういう話はいろんな人が言ってたなと思う。
ほんとにその通りだ。
役者が自分で、演じるキャラクターがエゴ。
演じてるうちに自分だと勘違いしたんだ。
演じてない素の自分を思い出した。
これが私だったんだな。
これからは素の自分でいたい時はそうして、
演じたい時は演じて。
好きな方を選べる自信がある。
それが嬉しい。
でも、自分も変わっていってしまうから
素の自分とかもないのかもしれないな。
自分も定義しないほうが自由だよな。
それはまたおいおいな感じでやっていこう。
ニサルガダッタの本を読んでて感動した言葉
↓
「区別することはマインドの本性そのものなのだ。
区別すること自体に害はない。
しかし分離は事実に反している。
ものごとや人びとはさまざまだ。
しかし、それらは分離していない。
自然はひとつ、実在はひとつだ。
反対のものはあっても、対立はないのだ。」
こんな風に生きたい。
どんな感情も区別することなく感じて、
感じる自分を見守る自分がいる。
そして様々な違いを認めることができる。
そういう生き方をしていこう。
おわり。