「あなた自身に出会いなさい。

あなた自身の自己とともに在りなさい。

それに耳を傾けなさい。

それにしたがいなさい。

それを育み、

絶えず記憶のなかにとどめておきなさい。

 

あなたにほかの指導は必要ない。

あなたの真理への衝動が日々の生活に

影響を及ぼしているかぎり、すべてうまくいくだろう。

 

あなたの生を、誰も傷つけることなく生きなさい。

無害であることは、

ヨーガのもっとも強力な修行形式なのだ。

そして、それがあなたをすばやくゴールへと導くだろう。

 

これが、私がニサルガ・ヨーガ、

自然のヨーガと呼ぶものだ。

それは平和と調和、友情と愛に生きる技だ。

その結実が、永遠で原因のない幸福なのだ。」

 

 

ニサルガダッタの言葉はほんとに感動の連続。

そして、ニサルガダッタも自分なんだと、

今の自分を体験するために現れた自分なんだと思える。

 

「あなたの生を、誰も傷つけることなく」ってところは、

自分自身も含んでいるんだろうなと思う。

 

必要なことは自然に起こる。

やりたいと思い自然に体が動く。

そう信じるようになれたことが嬉しい。

 

ニサルガダッタが、現実は映画のフィルムのようだと言っていた。

光源が本来の自分。

 

自分の中にこの光源をイメージすることができる。

今は、その光源の光が遮られないように意識して、

その光がそのまま自分の肉体を通り抜けて

現実に現れるようにイメージしてる。

 

分離を感じることができるから

この光源をイメージで見ることができるんだと思う。

多分、死んだら意識が統合されて

この光源そのものになって自分の姿が見えなくなる。

目は目を見れない、みたいな言葉の通りなんだな。

 

そんで認識できることは自分ではないみたいなことも言ってたから

実際はこの光源も自分ではないのかもしれない。

存在は否定でしか表せないってはこういうことなのかも。

 

 

おわり。