私は在る。
これを脳内で繰り返して思考の外に出ると、
なぜか脳内のおしゃべりが終わる。
自分がおしゃべりの中心にいたのかと思う。
おしゃべり会は輪になって
みんなでワーワー言ってるイメージ。
その輪の外で光る巨大なブッタみたいな人の目で
そのおしゃべり会を見ると
ただこちらを見てるだけでなにも話してない。
なんかそれが不思議。
ただ、慣れてないから気づいたらすぐ
おしゃべり会が始まってる。
そんでまた輪の外に出るって感じで繰り返してる。
ニサルガダッタの言葉。
↓
「それはただ起こる。
それを私は気にかけない。
なぜなら、私の世界では決して何も間違いは
起こらないからだ。」
「私がすべてであり、すべては私なのだ。
世界であるゆえに、私は世界を恐れない。
すべてとしてありながら、何を恐れるというのだろう?」
この言葉って完全に自分の存在を信じてないと
出てこないよなって思って感動した。
自分も心からこれを思える人生にする!
言葉の意味とか体験の意味とかを
理解しないとって思ってたけど、
理解は必要ないなと最近思う。
ただ、思考の外に出て、目覚めて
目覚めた自分を信じる。
これは目覚めたのかどうなのかって疑わないこと。
確かなのは、私は存在しているということだけなんだ。
思考も現実の体験もすべてを起こるままに眺める。
干渉せずに外側から眺めてればいいんだなと思う。
おわり。