生活の端に、ふたりの未来が滲みはじめる。
彼と話していると、
ごく自然に『生活の話題』が混じるようになった。
それは、
同棲の相談でも、
一緒に暮らす計画でもない。
もっと曖昧で、
もっと現実的で、
もっと温度の低い、
けれど確かな未来の影。
たとえば、
私が住みたい地域の話をすると、
彼がもし、
自分がその場所に行ったらどう感じるかを
自然に想像しているような返しがあったりする。
ふとした瞬間に生活感のある会話も増えた。
20代の頃にはなかったものだ。
今の私たちには、
恋愛のテンションでも、
関係の勢いでもなく、
生活そのものがイメージできてしまう相性がある。
ただの雑談なのに、
その奥に
この人となら無理がないだろうな
という未来の手触りがある。
彼も、それを感じている気がする。
距離感が、
『暮らし』に限りなく近い瞬間が増えてきている。
生活を共にしているわけではないのに、
生活の呼吸だけが同じ速度で流れる瞬間がある。
その自然さは、
計画して作れるものではない。
彼の方も、
その自然さに気づいているのだと思う。
だから最近、
彼の言葉の端に
『自分の人生をどう組み替えるかかつこが
ごく淡く滲む。
押しつけではなく、
期待でもなく、
ただ現実として。
人生の後半戦をどう生きるか。
その中に、
私という存在が
ゆっくりと織り込まれはじめている。
まだ誰も口にしていない。
でも、
未来が静かに形をとりはじめるとき、
まず最初に変わるのは会話だ。
そして、
その変化はもう始まっている。
