人には、大きく分けて二つの向き合い方があるように思います。
正しさを盾に相手をこき下ろす人と、
自分に起きた問題に誠実に取り組もうとする人です。
それを知ったのは、blogの世界でした。
おそらく現実の場では、
「正しい妻」は汚い言葉で相手を罵ったりはしないのでしょう。
周囲から見れば、筋の通った態度で、理解も得やすい。
けれど、blogという内側の言葉が許される場所では、
その正しさの裏にある攻撃性や棘が、
かえって際立ってしまうことがあります。
一方で、
「された妻」という立場から始まりながらも、
夫と向き合い、話し合い、
家族という形は維持したまま、
婚外恋愛という現実を互いに認め合う選択をした人もいます。
それは決して万人向けの答えではありません。
簡単でも、楽でも、正解でもない。
けれどそこには、
感情を一度引き受けたうえで、
自分たちの関係をどう成立させるかを考え続けた跡があります。
正しさを掲げ続ける生き方と、
不完全さを引き受けながら誠実に向き合う生き方。
どちらが美しいかは、人によって違うでしょう。
ただ、blogを通して見えてくるのは、
声の大きさや言葉の強さと、
生き方の深さは必ずしも一致しない、ということです。
正しいかどうかよりも、
自分の人生に対して誠実であるかどうか。
その差が、静かに表れてしまう場所でもあるのかもしれません。
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