彼の家庭のことを、私は多くを聞かない。
聞けば分かることもあるし、
言葉にしてくれれば安心できる部分もあるだろう。

けれど、
「あなたの未来はどうなるの?」
と問い詰めることは、
まるで彼の人生を急かすようで、
どこか違う気がしてしまう。

私は、彼の家庭を壊したいわけではない。
奪いたいわけでもない。
ただ、
彼が自分の人生の舵を握り直そうとしているそのプロセスに、
必要以上に入り込まないでいたい。

最近、彼の周囲には
言葉にしない変化が少しずつ生まれている。
それは、家庭の『崩れ』というより、
彼自身の『距離の取り方』の変化に近い。

以前より、
家庭という場所に対する責任は保ったまま、
感情の比重がそっと外側へ移っているような、
そんな微細な変化だ。

けれど私は、
その変化を利用するようなことはしたくない。

彼が選ぶ道の中に私が含まれているなら、
それは彼自身の意思によって
ゆっくり形作られるべきものであって、
私が望んだから生まれるものではないから。

彼はかつて
「一番にはなれないよ」と言った。
その言葉は、誰かを守るための嘘でも、
責任逃れでもなかった。

ただ誠実なだけだった。
彼が長年大切にしてきたものに、
いきなり背を向けるような人ではないことを
私は知っている。

その誠実さがあるからこそ、
私は彼を信じていられる。
その誠実さがあるからこそ、
私は奪わないと決めていられる。

誰かを奪ってまで
自分の幸せを成り立たせたいとは思わない。
そんな形で得たものは、
きっとどこかでひずんでしまうから。

彼と過ごす時間は、
誰からも奪われたものではなく、
彼が『選んでここに来ている』という感覚がある。
その選択こそが、私にとっては十分すぎる。

家庭という場所で彼がどう生き、
どんな気持ちで日々を過ごしているのか。

私は全てを知る必要はない。
ただ、彼が本当の意味で
自分の人生を再構築しようとしていることだけが
分かればいい。

——彼の未来に、
私という存在が静かに含まれている。

その確かさだけで、
いまは十分だと思えている。