妻が不倫をした夫やその相手を、

自分より下に見るような表現をするのを見かけます。

けれどその言葉の奥には、夫への怒りだけでなく、

自分の優位を保とうとする防衛 が潜んでいることもあります。



夫を見下げ、不倫相手を貶めることでしか

「自分の正しさ」を確かめられない。

けれど、それは本当の強さではなく、

「崩れてしまいそうな自分」を必死に支えているだけなのだと思います。





夫を下に置く構図の中でしか、

安心できなかった。

その構図が崩れた瞬間、

妻は『自分が誰であるか』を見失ってしまったのでしょう。






だからこそ、夫に「気づいてほしい」「後悔してほしい」と願うのも、

愛よりも自己証明に近い。

『やっぱり私が正しかった』という結論で

ようやく心の均衡を保てるのです。






でも、夫の方はもう別の場所で生きています。

彼にとっての自由は、

誰かの上でも下でもなく、ただ『自分でいたい』という静かな選択。





そのずれこそが、

夫婦の終わりを決定づけたのかもしれません。







※ 記事の内容や表現は筆者のオリジナルです。

引用・転載・リブログなどの無断利用はご遠慮ください。