「夫」という肩書きがなくなったら、
自分には何が残るのだろうと考えることがある。
名刺を出せば会社の肩書きがあり、
家に帰れば家族の中での役割がある。
それらを取り払ったとき、
自分という人間を説明できる言葉がどれだけ残るだろうか。
仕事の実績も、家族のために積み重ねてきた日々も、
全部、誰かのための形をしている。
けれど、その『誰か』がいなくなったとき
何を基準に生きればいいのか、まだわからない。
若い頃は、家庭を持つことが大人の証だと思っていた。
責任を果たすことで、自分の価値を測っていた。
でも、気がつけば「果たす」ことばかりで、
「感じる」ことを後回しにしてきた気がする。
最近になってようやく思う。
人は、守るだけでは生きていけない。
守ることの裏で、自分を少しずつ見失っていくのだと。
もし『夫』という役を降りたとして
そこに残るのが、「誰かを愛した記憶」と「誰かに愛された感覚」なら、
それだけで十分なのかもしれない。
名刺も、家も、立場もいずれは失う。
けれど、誰かの心に残る温度だけは、
奪われることがないから。
