方広寺の鐘の話しは

まだあります


また箇条書きです↓


・日本三大鐘

知恩院 方広寺 奈良の東大寺


・方広寺の鐘はとても大きい

大晦日に除夜の鐘を鳴らすだけで

あとは使われていない


・戦争の時、鐘は武器を作る材料として

みんな没収されたけど

鐘があまりにも大きくて扱いが大変だったから

取り上げられなかった

だから残っている


大仏がデカかったから

それに合う大きさの鐘を作った


だそうです


当時、どれぐらい鐘が大きかったか

ググるとイラストが出てきます




こんくらいデカかったみたいです


そして徳川家康がいちゃもんをつけた

鐘に刻まれた文字はこちら↓




上の方に、白っぽくなってるのが

見えますかね?




これが、徳川家康が難癖をつけて

豊臣家を滅ぼすことになった文字です





徳川家康は

豊臣家に鐘を作られせて

散財をさせて

豊臣家を弱体化させたかった狙いがある

ってこの絵が載ってるサイトには書いてあります


自分で作ることを勧めておきながら

なんなんだ(´-ω-`)


鐘の写真はまだあります

続きます