中にある大仏を見たら

外に出て、デカい鐘の見学です






ここでも説明してくれる人がいたので

説明を聞きました


以下、箇条書きです↓


鐘に呪文みたいな文字が彫ってある






ある日

徳川家康が、豊臣秀吉の息子を呼んで

(息子は当時19歳)

成長ぶりを見たらしい

小さい頃はよく会っていたけど

だいぶ長い間会ってなかったから

どんな感じになっているか見たかったそうな


本田って人が会って、どんな人物か聞いたら

「なかなかの人物だった」

と言っていて、徳川家康は当時だいぶ歳を取っていたから、早く豊臣家に何かを残してあげたい

息子に一直線に進んで欲しい

と思って、だから鐘を作る提案をしたそうな


でも結果的に

豊臣家は攻められて終わったから

この鐘は呪いの鐘になってしまった

亡霊が憑いている

鐘を作った2年後に、徳川は豊臣家を攻めて

豊臣家は滅んでしまった


と言われました


ちょっと正しい情報を伝えられてるか

不安なんですが

詳しくは





こーゆーの見ると、いいと思います