私が思うに、

父は老後ビジネスにハマっているのではないか。

 

長年働いてきて、定年し、

暇になった人々の時間を搾取するビジネス。

 

知的好奇心や、生き甲斐、社会貢献感をくすぐる記事や動画がたくさん出ているのだろう。

 

正しい情報もたくさんあるんだろうけど、

 

だけど、どんなジャンルでも言えることだけど、

本当のことも嘘のこともたくさんあって、

その中から自分が信じたいものをみんなそれぞれ信じている。

 

父は某国を敵として論じられているあれこれをたくさん見て、

そして怒りの熱量を高め、

 

”そんなことも知らずにのほほんと暮らしている私たち”

に腹が立つのかもしれない。

 

「もっと勉強せぇ。」と何度も言われた。

 

「そんなことより日々の生活・・・」と言い返したけど。

 

父からしたら、

日々の生活もしながら未来の日本のことを考えろ、ってことなんだろうな。

 

父たちは逃げ切り世代だけど、

子どもや孫たちにより良い日本を残してあげないと、という思いらしい。

 

「もっと知ってほしい。」そう言われると、

父が切実な思いでいることはよく伝わってくる。

 

だけど、父が集めてきた情報が全部本当とは思えないし、

かと言って、本当かどうか私が自分で調査する時間も熱量もない。

 

父がそういう情報をエンタメとして楽しんでいるならいいんだけど、

どっぷりハマって、洗脳みたいになってるのが心配だよ。

 

悪い宗教みたいにお金をどんどん取っていかれるものじゃなくてよかったけど。

でも教材費みたいなのは払ってるみたい。定期購読みたいな。

 

自分のお金で自分の時間をどう使おうが、父の自由。

やめさせようとか、論破してやろうとか、降参させようとか、そんなことは思わない。

 

でも、もう少し程々にして欲しいのと、

もっと楽しく暮らしてほしい。

 

怒りの熱量だけどんどん上がっていって、

せっかくの老後悠々自適ライフを「怒り」に捧げている。

 

動画や記事を作ってる方だって、

たくさん見てもらってなんぼだから、

過激にしてみたり、盛ってみたり、過去を蒸し返してみたり、

解釈を変えてみたり、対談させてみたり、

 

あの手この手で飽きさせない工夫をしているんだろう。

 

真面目で、時間がある人たちの

「日本のためを思う」という正義感まで搾取しているのかも知れない。

 

 

本当に日本の未来は暗いのかも知れない。

だけど、そんなことを憂いて

怒って悲しんで毎日を暮らしたくない。

 

 

母はどう思っているんだろうか。

「〇〇の話?」と合いの手を入れるくらいなので、

日常二人で暮らしてて、父の話を聞いたりもしてるんだろう。

 

私が食事の片付けを手伝おうとしたことがあった。

そしたら母は

「やらなくていいから、お父さんの話聞いて。」と言った。

母は、父に思う存分語らせてあげたいのかな。

 

やれやれ。こっちはたまらんで。

 

 

 

 

 

言いたかったけど言えなかったことを整理しておこうかな。

今度の機会にちゃんと言えるかも知れない。

 

 

「日本が占領されたらどうすんねん。」

 そうなってほしくないけど、そうなってしまったらそれはもうしょうがない。

 自分の心の中までは占領されないぞ、という気持ちで日々を生きていくしかない。

 身近なところに幸せはある。それを見つけて生きていく。

 

「もっと勉強せぇ。」

 自分が勉強したいことを勉強する。みんなそれぞれ自分の興味や得意に従って勉強して、それを持ち寄って社会を作ってる。

 自分の勉強したいことは自分で決める。

 

「それは違う、間違ってる。」

 お父さんが間違ってると思ってることはわかった。お父さんの意見はそれでいい。

 私の意見は私が決める。完全に正しいこと、間違ってることなんて世の中にほとんどないと思う。

 善悪はよくひっくり返るし、物事は善悪だけに分類されないと思う。

 

「ティックトック、ラインは使うな。」

 危険に晒されないように心配してくれてるんだろうけど、便利なものを使えずに毎日ストレスを抱えるのも危険。

 事故に遭うから外に出るなと言ってるのと同じ。ある程度の危険は承知の上で便利に暮らしたい。

 

「弱者やマイノリティーに配慮しすぎておかしくなってる。」

 今はそういう社会なのかも知れない。やりすぎかどうかは自分の意見は持っててもいいけど、風潮が決めるのではないか。

 社会や企業は風潮を読んで乗っかってるだけで、またどうせ流れは変わる。

 多数派が不都合になってくれば声を上げるだろうし、自然に両者のいいところに落ち着くはず。

 弱者、マイノリティーの存在すら知らなかった人たちに存在を知らせることができたのはいいことではないか。

 

 

 

 

あれからまだ父に会う機会はないんだけど、

しばらくは会わないことにします。

まだ会うのはしんどいと感じるから。

 

母からは度々電話がかかってくるけど、あの日の話題には触れてこない。

謝って欲しいとは思ってないけど、

”謝らないんだね・・・。話題にも出さないんだね。”

とは思った。

 

私たちが疲れ果てて帰ったこと、娘が泣いたことは

母にとって、”謝る必要のないこと” に分類されたんだろうか。

 

 

今は、自分の心を守ろう。

これっぽっちのことでクヨクヨして情けないけど、

気が向かないことからは逃げるぞ!

 

父も母も、楽しく暮らしてくれればそれで良い。

日本の心配ができるってことは、

私たち娘家族が問題なく暮らしてるからでしょ。

平和なことだ。

感謝して欲しいくらいよ。笑

 

 

たくさん愚痴ってすみません。