信じるってことについて芦田愛菜さんが少し前に
深〜いことを言ってて、
とても考えさせられた。



信じるって
こっちが勝手に作った理想に、
相手が当てはまると思い込んでる
ってことなんだな。


だから

『信じてたのに』
ていうのは、
こっちが勝手に作った理想が
外れただけ。

それをまるで相手が悪いみたい
言ってしまう言い方だな。


芦田愛菜さんは
「その人の知らなかった部分が見えただけ」
という表現をしてた。

ほんとにそうだ。

知らなかった部分が見えただけで
「信じてたのに」
なんて言っちゃって
「相手の知らなかった部分」を
「受け入れられないちっちぇー自分」のことを
棚に上げて
「まるで相手が悪いみたいに」
言ってるってことだ。


そう思うと、
『信じてたのに』
て言葉はカッコ悪いな。



今までなーんにも考えずに言ってたと思う。
恥ずかしながら。





子どもの不登校を経験して、
いろんなことを考えさせられる。

当たり前に信じてたことがたくさんあったんだな。自分でも気づいてなかったけど。



不登校がなければ
「信じる」
をこんなふうに考えてみることはなかった。


当たり前に過ごしてた日常が一変して、
気持ちはどん底まで落ちたけど、
そんなことも味わいながら
いろんなことを深く噛み締めながら
本当の意味の信じるを目指して
立ち上がってる最中だ。



どう表現していいかわからないけど、
やっと親になれていってるような気もする。
今まではつまらない何かに縛られていたような、、、。
世間体とか?評価とか?人と比べてどうかとか?


そういうことへの執着はなくなりつつある。


私はどこへ向かってるんだ???
誰か教えてー笑笑笑


芦田愛菜さん
考えるきっかけをくれてありがとう。