どこかのお城が修復されるって話を、テレビで見てた時のこと。



建てられた当時とは違う材質で修復するって聞いて、

「同じもので復元しないのかな」

と思った。



もしかしたら


スピリットは当時と同じってことなのかも。


その時代に用意できる最高のものを使用して建てたんだ、多分。

(あ、歴史のことはよくわからないので間違ってたらごめんなさい。)


用意できる最上級のもの。

それで最高のものを作ろうというスピリット。




学校の教育も、その時代の出来る限りのことをしてきたと思う。

何しろ、将来の日本を作っていく人たちなのだから。



小学校にパソコン室があったり、

外国人の先生と英語で話したり、

答えが一つじゃない問題に取り組んだり、

立場を決めて話し合うことを体験したり(裁判みたいに)、

道徳にも力を入れたり。



「身に付けるべき項目」

は増えたのでしょう。

この時代に受けられる最高の教育。


だけど、その分減らすものはないのかな。今は不要になったものはないのかな。

増えるばかりで忙しすぎない?



日本の教育がいいとか悪いとか、そんなことは言えない。よくわからん。



だけど、忙しすぎるのはよくない気がする。考える時間もなくなっちゃう。

何も考えなくていいから、

ごちゃごちゃ言わずにどんどんやれ、になっちゃう。

いいのかなー。


変えてはいけないって思いを捨ててみたら、もっと最高のものにならないかな。



昔うちの子が図工の作品をなかなか仕上げられずにいたら

「何色でもいいから塗って終わらせればいい」と腕を掴まれ、適当な色を塗らされそうになった。


子どもに図工を経験させるのは、

図工の世界を知って欲しい、

楽しいことを発見させたい、

という意味があると私は思ってるんだけど、

スケジュール通り出来なければゴミを作らされてしまう。


例えば

「学校では仕上げられなかったけど、家に持ち帰って納得できる作品にしてごらん。出来上がったら先生にも見せてくれるかな。」

こう言われていたら。


評価はされなくていい(できたらして欲しいけど)。

その子の

いいものを作りたい気持ちが強すぎて時間がかかってしまう

これが短所にならずに済む。


たとえいい作品ができなかったり、

家に持ち帰ってやる気無くしたりしても、それでいい。

強制的にゴミを作らされる虚しさを体験せずに済む。



何が最高の教育なんだろう。

難しい問題だ。