学校は当たり前。
産まれてから普通に暮らしていると、
ある年齢になったら幼稚園、小学校、中学校、高校、、、
と進んでいくのが当たり前になる。
小学校、通うことにしようかどうしようか?
なんて考える人はいない。
(教育を受けさせる義務、があるから)
でも、その場所が窮屈だとか、苦しいって感じたら、
その場所にこだわるのをやめてみるのもいいのかも。
言い方があれだけど、私は早く「普通」に戻ってほしい、って
こだわりの塊だった。
でも、
親の介入で軌道修正できるレベルではなかった。
とっくに子どもが自分で
「合わせてみよう」
「我慢してみよう」
をやりつくした後だった。
何とか体を折り曲げて、関節を捻じ曲げて、小さな四角い箱に体を合わせるようなものなのかな。
スイカを四角く育てるみたいに。
のびのびと、育つままに育っていくのがいい。
誰かが求める正解ではなく、自分の正解を探して成長すればいい。
その方がよく考えるし、自分の人生を大切に感じるんじゃないかな。
自分を大切にできる人は、人のことも思う。
それがいい。
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窮屈な箱は
私が作ったものだったのかも。
もっと手足を伸ばして、
大きく体を動かして、
走りたい方向に走って、、、
身も心も自由になってほしいと思う。
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