私のお友達、息子さんが昔いじめに遭い徐々に不登校になりました。


それからずっと何年も苦しまれたようです。
時に人生を投げ出そうとする息子さんに寄り添いながら。


高校を転校し、なんとか卒業して、、
その後も何度も
立ち上がりそうになっては
また休息が必要だったり、、、。
見守る親も
無理しないで欲しい、
でもがんばろうとしてるなら応援したい、
そうやって気持ちを揉みながら見守り続けているのでしょう。今は高校卒業して1年。


近況を簡単に報告してくれた彼女に
誰かが言った。


「私なら外に出すかな。」
「家から出して自立させる。」


もう1人加勢。

「私も。家だと甘えられるもんね。」
「自立して1人になれば変わるかもよ。」


報告してくれた彼女は
「うーん。」

何とも言えないよね。


言われたことは正しいかも知れない。
本当にそうしたらガラッと状況が変わるかも知れない。




でもこれは無理にできることじゃない。
双方の想いが一致してできることだと思う。


親の「家を出て自立してみる?」に対して
子どもの「それもいいかな。」があって初めて実現すること。


無理矢理ちからわざでどうにかできることではないと思うんです。

馬に水を飲ませることができないように…。




聞いていた私は
「私にはできない。」と言いました。

もう1人加勢
「私も無理ー!(T ^ T) 
だって、死んだらどうするの⁉︎ 命さえあれば、それでいいじゃん!」


近所に、辛くて亡くなった中学生がいたそうだ。
残されたお母さんやおばあちゃんの辛さを身近に感じてかける言葉もなかったそうです。


「『死』って存在がなくなるんだよ!耐えられないよ!今まで当たり前にそこにいたのに。」
と話していました。


家に居ることが決して甘えとは思わない。
家を出るきっかけも勢いも、親に作ってもらうことは?それも甘えと言えばそうかも。

自分で外に出ることを決めて、家を探して親に協力を乞い、これが自分の力で動くってことなんじゃないかな。



命を保ちながら、そのタイミングは人それぞれ、その時を待てばいいと思います。

ずっと家にいて老いゆく親を助ける事も、自立とそれ以上のことを請け負ってると言えるかも知れない。


彼女は頑張ってるし、考えあぐねながら一つ一つ丁寧に選択してきた。
それが最良の道だと思うのです。