『どうなって欲しい?』
4月からの子どもたち
どうなるのか
だいたいわかってきました。
良くも悪くも。
新しい環境?
変わらない環境?
今の私は子どもたちに
私の思うようになって欲しいとは思っていない。
(今のところ^_^)
「こうなって欲しい」
という思いが薄くなってきた。
「こうなって欲しい」の「こう」は
子どもにとって本当にいいのかわからないから。
「本当にいい」っていうのも
どういう意味かわからない。
何不自由ない暮らし?
平凡な暮らし?
ドラマティックな暮らし?
エキサイティングな暮らし?
好きなことに囲まれた暮らし?
「なって欲しい」というのも
まるで今のままじゃダメみたいに言ってる気もする。
ああもこうもない
なって欲しいもない
ただ存在してて欲しい。
負い目を感じることなく。
本人は
不安かも知れない
葛藤もあるかも知れない
何もかもどうでもいいと思うかも知れない
でも私がそばで、
「そんなことは全然大丈夫
」
って顔をしていれば
不安は軽くなるんじゃないかな。
(私の顔なんて見てないかな
)
私は簡単には死なない。
しぶとく生きるから、
生きてる限り安心のもとになりたい。
将来、
子どもたちが
この時期を思い出す時、
笑顔の私が登場するように。
心配する人と
心配される人の間には
少し緊張状態があって
ちょっと楽しくない。
「大丈夫」はその緊張を解かして楽しいパワーを生んでくれる気がする。


