『親の手柄?』
私が子どもの頃
いい子だね
えらいね
かしこいね
ちゃんとあいさつができるね
なんて言われるとうれしかった。
その時
“お母さんの育て方が良いんだね”
と付け加えられても
嬉しかったんだと思う。
今は違う。
“お母さんの育て方”って言い方に、
すごく引っかかる。
多分子どもの頃は単純で
私がいい子だと、お母さんが褒められるような気がして嬉しかったのかな。
本当にお母さんの育て方が良いからだよ、と思っていたのかもしれない。
子どもがいい子なのは、
“その子がえらい”
でいいじゃないですか。
なんか引っかかるんだよなー。
「お母さんの育て方」・・・
お母さんは物事の善し悪しを教えてくれたかもしれない。
こういうときはこうするんだよ、と教えてくれたかもしれない。
だけどそれを実践できてるのは子どもじゃん。
私がえらいんじゃん。
なんか、子どもの手柄を親が横取りしてるような気持ちになる。
ちょっとひねくれ者かしら。
子どもがよその人に
「いい子」って言われたら
「あなたが褒められてお母さんは嬉しい。」
「お母さんもあなたをいい子だと思うよ。」
…とは言わないまでも
そう思っていいんじゃないかい?
人のものを盗ってはダメ、って教えたって
とる子はいる。
人のものをとりなさい、って教えたって
とらない子もいるし
何にも教えなくても、
自分で考えてとらない子もいる。
親の姿を見て
親のようになるのか、
親のようにはならないのか、
それも子どもが自分で選択してる…んじゃないかな
子どもの手柄は子どものものですよ。
親は子どもを思い通りに育てられるわけじゃない。
子どもはそんなに『無』ではないし
自分というものを持ってるはず。
「私の思い通りに育ってる」
と喜んでいる人は、
子どもがそうしてくれていることに感謝するべきで、親の手柄などでない、と思うのです。
私も
「いい子に育ってくれてありがとう。」
と言ってもらいたかったな。
少なくとも思ってて欲しかったな。
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うちの子は私が思ってるよりずーっと優しくて賢く育ってくれてる、と思う。
私ごときが成せる技とは到底思えないので、
正真正銘、子どもの手柄だと思うのです。



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