『良くも悪くも』







物事には良い面と悪い面がある。
子どもの頃、転勤族だった我が家。
私は環境の激変を嫌ったけど、
母は旅行代わりと喜んだ。強がりかな
良い面も、悪い面もあるのに、
昔の私は
悪い面を取り上げて記憶に残したいみたい。
私が子どもの頃を振り返って
アンラッキーだったと思うことが多いのは
「自分は不遇でも頑張って耐えた」
と思いたいからかも。
今は様々な場面でラッキーと思うことが多い。
→ラッキー
きっと、今だって
アンラッキーな事もあるはずなんだけど、今は何故かラッキーだけを取り上げて記憶に残してしまうみたい。
無理やりなのか、なんなのか、
無理してないつもりだけど。
良くも悪くも不登校。
学校には行けなくても
家に居場所があって良かった。
家にいてくれて良かった。
いつか巣立つなら
今のうちに色々会話したり
たくさん一緒に過ごしてれば
私が老いていつか死んでも
私のことをたくさん思い出してくれるだろうな。
不登校になるなら違う時期が良かった、と思うこともあるけど、
どの時期に不登校になっても、良し悪しある。
低学年だったから
お勉強の基礎が、、、
友達関係が、、、
だけど幼かったから早く解決できた
高学年だったから
修学旅行が、、、
中学への不安が、、、
だけど年齢が上がってうまく話ができた
中学だったから
部活が、、、
高校受験が、、、
だけど小学校で基礎の勉強はできた
高校だったから
出席日数が、、、
留年が、、、
だけど義務教育は終えられた
良くも悪くも不登校
良いとか悪いとか考えても
状況は変わらないから
自分が楽になれる考え方をしたい。
気持ちが楽だと
表情も柔らかくなる
子どもがいつか、
自分の不登校時代を振り返ったときに
「お母さんの険しい顔」とともに思い出すより
「穏やかな顔」「穏やかな時間」
を思い出せたら良いな。
何もかも、なんとかなる!
自分如きがどうにかできるなんて
考えない方が楽になるかも
『無為自然』、、、ですね


