演劇集団自由工場劇作家のエビ

演劇集団自由工場劇作家のエビ

地方の劇団とか高校演劇の世界で、劇を書いたり、演じたりしています。昼間は某高校に勤めてます。

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 昔、同和教育の大会に参加した時、「噛みつきたがる」人にわけのわからない批判をされてずいぶん不愉快な思いをした。議論が苦手な人ほど、何か正しいとされている空気のようなものがあれば、それに乗っかって他人に噛みつきたがる。言葉の使い方にまで難癖つけて、こういう言い方をすべきだとか。彼らの素性は私と同じ教員であった。

 

 新型コロナで人は死ななくなっている。現在、「第二派か」と騒がれている東京でも、ここ数週間死者は出ていない。検査数が拡大し、無症状や軽症を含めての「感染判明者数」は増えているが、重症者の数は目に見えて減っているらしい。ワクチン開発業者は重症患者を求めて、現在冬季であるブラジルまで出向いていると聞く。この病気は、当初言われていたような、絶対にかかってはならない病気ではなかったようである。

 

 多くの日本人は今、死にたくないという動機でこの病気を避けているわけではない。この病気に罹ると世間からどういう扱いを受けるか想像がつくから、それをまず恐れている。働いている人は職場に迷惑をかける。我々学校関係者ならば、生徒や職員がこの病気にかかった場合、学校行事を自粛せざるをえなくなったり、最悪再び教育活動を停止せざるをえなくなる、それを恐れている。

 

 この3月、ヨーロッパを中心に大量に人が死んでいた時期は、この病気についてよくわかっていない部分もあり、日本を除く大多数の国々は最高の緊張感を持って社会全体でこの病気に対処しようとした。(日本もオリンピックの延期が決定してからは、検査数の拡大という点を除けば、この流れに追随した。) たとえその時期の自粛等が思ったほど効果を生まなかったとしても、未知の病気と対峙した社会が、人命を救うことに価値を置いて行動したのであれば、そこは非難されるべき筋合いのものではない。

 

 しかし今は違う。責任ある人間が、過去の政策や日本人のとった行動について反省し、この病気の被害を許容範囲内におさめ、この病気から生じた社会的歪みから生じる新たな「被害」を防がなければならない。ところが日本の大手マスコミは、検査数の大幅な拡大によるところの、「感染判明者数」の増加にばかり焦点を当てて危機感をあおっている。政府も従来行ってきた対策への反省を怠り、東アジア基準では最悪の結果を招いた「日本型モデル」を、欧米のそれと比較して自画自賛している始末である。口に出して反省したり軌道修正したりする様子はないし、専門家も思っていることを口に出して言えない雰囲気がある。未来永劫犠牲を強い続けるわけに行かないのは自明であり、いつかはこの病気をインフルエンザと同程度かそれ以下のものと位置づけ直さなければならないのだろうが、それをする上での最大の障害となるのは、今までの過程で大量に生み出されてしまった「噛みつきたがる人々」の存在である。

 

 私の住む徳島県は累計「感染判明者数」が10人。死者は兵庫在住の老人が1人。学校現場でこの間どのような犠牲が強いられてきたかは報道された通り。インターハイが消えた無念、甲子園が消えた無念、全国高等学校総合文化祭が消えた無念は、たったひと夏のことではない。3年間そこを目指して来た彼らの無念は、ただ声となって届いていないというだけなのだ。この病気に罹るリスクを限りなくゼロに近づけるという方針に、社会のすべてを従属させずにはおかない人々は、子供たちの「今」を殺しているのではないか。

 

 

 

 

 別にキョンキョンのファンだったわけではないが、一応80年代の学生だったので、小泉今日子がかつてアイドルとしてどれだけ人気があったのかは知っている。大学に「革命的キョンキョン主義者同盟」というのがあって、要するにキョンキョンのファンクラブなのだろうが、本家の新左翼党派や全学連系の自治会が看板を出していた同じキャンパス内で、パロディーのサークルを作っていた。80年代とはそんな時代だった。そのキョンキョンが最近久々に目立っている。さらにきゃりーぱみゅぱみゅとかも。

 あの法案のことについてはくどくど触れることをしないが、私が感じた強烈な違和感についてだけ書き残したいと思う。

 「きゃりーがあんなことを言うなんてショック」という書き込みは、まあ20000人近く居る○○党ネット応援隊の中に、きゃりーぱみゅぱみゅのファンが居たとしても不思議はないわけだから、嘘ではないのかも知れない。しかし例えば私が嫌いな共和党のブッシュを応援していた政治家兼俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーの映画を観る時、彼の思想信条と彼の演技をごちゃまぜにして考えることはありえない。ファンだからと言ってアーチストの思想信条を縛りたがる発想は、はっきり言って幼稚だと思う。

 だが先月、漫画家の浦沢直樹氏が描いたあべのマスクのイラストに対して、今までファンだったけどやめます、本も全部捨てます云々と書き込んだ人が居たけれど、この人はファンではなくファンを騙っているだけで、実はこういう輩が大勢湧いて出てくることが、日本の民主主義の危機だと思う。お客あっての商売を営んでいる漫画家や歌手らに、お客が減るから黙っていろと彼らは脅しているのだ。

 さあ読者の皆様はどう思いますか。下のイラストを見て、浦沢直樹の本当のファンが、持っている本を全部捨てるなんていう気になると思いますか。この話に一片のリアリティーでも感じますか。安倍さんただ疲れているだけですよね。実はこのイラスト以前に、浦沢直樹ってけっこう社会派なので、そのあたりも併せてじゃないですかね。

 

 

 とにかく若い人、特に舞台にせよ映画にせよテレビにせよ、ドラマに関心がある若い人には、某動画サイトでほとんど全編視聴できる今のうちに、45年前のこのドラマを観てほしい。

 萩原健一(サブ)も坂口良子(かすみちゃん)も、梅宮辰夫(ひでじさん)も室田日出男(半妻さん)も北林谷栄(「分田上」女将)も八千草薫(「川波」女将)も加藤嘉(かしら)も、もちろん戦前から日本映画の大スターだった田中絹代(おふくろ様)も、今は皆この世の人ではない。そのことを思うと、青春期の、永遠に失われて二度と返らない輝きを描いたこのドラマには二重に響いて来るものがある。1970年代の日本人のあり様や、人として誠実に生きることの価値など、様々なテーマ性を持つとはいえ、山形から集団就職で上京した一青年が、東京深川で21歳から28歳まで板前修業に専心する中で、苦しみ成長し、二度と返らない時を生きた、その姿が中心となったこの作品はやはり青春ドラマである。彼の姿は、日本が変わりつつあったその時代の典型であるとともに、誰もが自分にもそうした失われた輝ける苦しみの時代があったと振り返る気にさせる、時代を超えた典型でもある。

 

 「前略おふくろ様」のサブに憧れた私の兄の姿には、彼の優しさや誠実さだけでなく、サブと重なる部分がいくつかあった。

 兄はサブのように女性にモテた。高校卒業直前に、他校の女子から手紙を貰ったが、春から大阪へ行き美容師見習いをすることが決まっていたので、「もうちょっと早く言ってくれたら」と、冗談半分に残念がっていた。

 私が大学3年だから、彼が24歳の時、美容師仲間で、小林麻美に似た、人が振り返るぐらいの美人と同棲するようになった。兄が帰省する時、彼女はお土産が欲しいと言い、何が欲しいか尋ねたら「スカートが欲しい」と言ったと笑っていた。東京の女の子が徳島のスカートを欲しがるなんて、変な話だと思うのは男の発想なのだろう。一度3人で飲みに行き、今度結婚すると改めて私に紹介したこともあったが、ちょうどサブかすみちゃんと別れた年齢の頃に、2人は別れた。不思議な偶然だが、彼女の姓は、「前略おふくろ様」の中で坂口良子が演じた人物とまったく同じ姓だったのだ。

 当時兄は、西武線沿線の駅前にある美容院の店長を任されていた。小学校で落ちこぼれた兄が、勉強して当時のパソコンで顧客管理等のこともやっていた。イタリアに留学して、もっと美容のことを勉強したいと話していたけれど、忙しくて無理のようだった。仕事が終わった後などに、若い技術者を指導して、一人前に育てたところで、安月給のためにみんな店を替わってまうんだと、私に愚痴をこぼしていた。チェーン店の店長に過ぎないので、美容師の待遇面には口出しできなかったのだ。思えばひでじさんサブの関係に似ているが、兄はすでにひでじさんの側にいた。

 私が徳島に帰りしばらくしてから、兄は大病を患い徳島の病院で療養し、退院した後は徳島の美容院に勤め始めた。客層がまったく違うので、仕事が面白くないと愚痴をこぼしながら、かと言ってまた上京する気力もない様子だった。30を過ぎ、兄は疲れていた。いろいろなことで。兄は夜の街へよく出かけ、夜の若者たちと知り合ったり、街で評判の美人とつきあっては別れたりしていた。(私の生徒が、あの店のあの娘はメチャメチャ可愛いと噂した女性が、実際兄の彼女だったりしたわけである。また百貨店の売り場に勤めていた母は、職場で噂になっていた凄い美人の客が、今日は男連れで来ていると言うので、見るとその男は自分の息子だったということもあった。)

 それから兄が変わったのは、私の妹に子供ができてからだった。その子の世話をしながら、妹の子供がこんなに可愛いのなら、自分の子供はどれだけのものだろうと、自分が40歳の時に、20歳の相手と子供を作って入籍した。

 そしてもうすぐわが子が生まれるという時、勤めからの帰りに、タクシーに轢かれて亡くなったのだった。現場は片側3車線の県内で一番太い道路で、兄が自転車で横断歩道を渡っているところにタクシーが突っ込んで来た。もしも兄の側が赤信号なら、計6車線を横断するのは自殺行為であるし、事実自殺ではないかという噂も流れた。警察がその日の夜に兄嫁の父にした説明どおりにタクシーが300メートル先の交差点を曲がってから来たとしたら、信号周期の関係で、タクシー側の信号無視ということになる。ところが翌日から説明が変わり、タクシーは北から直進して来たので、信号周期の関係で自転車側の信号無視ということにされた。私の家族は事故現場のわきの工務店に頼んで、その敷地内に「目撃者求む」の看板を出させてもらった。すると警察がやって来て、こんなものを勝手に出すなと言うので、工務店の人は私有地に何を置こうが勝手だろうと抗議してくれた。

 結局、目撃者は現れなかった。私の一家は、夜、事故のあった時間帯に、現場を観察して、猛スピードの車が何台も赤信号を無視して通り過ぎるのを目撃した。本県は日本有数の交通マナーの悪い県として有名である。しかし、それは証拠にはならない。兄は6車線の道路を赤信号で突っ切ったことにされたのだった。

 あの夜、兄嫁たちと合流して、兄の死体が安置されている病院に向かう途中、妊娠10か月だった20歳の兄嫁は、夜の星に向かって甘えるような笑顔で

「お願いします。お願いします。みんなが言ってることが嘘でありますように。」と祈っていた。

 そして、それから4日後、兄の死亡時刻からちょうど108時間後に、彼女は兄の息子を出産した。私は兄に何の恩返しもできなかったが、その私の甥の名付け親にだけはなれた。

 その子も、今は二十歳。これからどんな青春期を送るのだろうか。私も兄もサブも経験したその時代は、どこかで似通っているとは言え、その結末は様々なのである。(終わり)

 

 自分自身の中身でさえも曖昧にしか認識していない場合が多々あるこの人間というものにとって、他人の本心なんぞは理解できない方が当たり前なのである。ドラマだから結局は第三者に伝わるように描かれるのだが、「前略おふくろ様」第2シリーズ第1話で途方もない喪失感を味わった視聴者に、かすみちゃん(坂口良子)の本心がある程度わかるまでに5週間を要することになる。

 鼻の頭をかく婚約者の合図に応えて、元彼女のかすみちゃんが顎を撫でる、「好きだ」「私も好き」を盗み見たサブ(萩原健一)は、さらに半妻さん(室田日出男)と付き合っていた時も、かすみちゃんが同じ合図を使いまわしていたことを知らされる。第1シリーズを通してひたすら純粋だったかすみちゃんの姿が、ある種の軽薄さを伴ったもののように思い出される。彼女がただ単純で軽薄で移り気な女性だったとしても、すべて辻褄が合ってしまうのである。

 かすみちゃんの本心が語られ、2人の物語の現在形が明瞭になるのが第2シリーズ第6話である。

 サブは利夫(川谷拓三)から、かすみちゃんの結婚話の件で相手方ともめていると聞かされる。かすみちゃんの父である深川鳶、渡辺組のかしら(加藤嘉)は、結婚後も同居を望んでいたのに、婚約者の男はかすみちゃんを連れて行きたいと言っているのだ。その夜、かすみちゃんに誘われて、サブはスナックで誕生日プレゼントのライターを渡される。自分が忘れていた誕生日にわざわざそんなものをくれたかすみちゃんに、サブはむしろ「女の不気味さ」を感じる。さらにかすみちゃんは、「私、困るわ、……ああいうの困る」と言って、ゆうべうみちゃん(桃井かおり)が夜やって来て、サブがまだ「惚れてんだよね、まだたっぷりと、あんたに」と教え、もう一度考え直してくれないか頼まれたと話す。サブのハトコであるに過ぎないうみちゃんは、「おにいちゃん」とふだんは呼んでいるが、もともとサブが好きで、第1シリーズではかすみちゃんと三角関係だった。そのうみちゃんかすみちゃんに、今も恋人同士であるふりをして山形のおふくろ様(田中絹代)に会いに行ってほしいと頼む。

 かすみちゃんは、自分の方がサブに振られたのだとうみちゃんに語りだす。「それでも私ずい分努力して、自分の悪いとこは直そうとして、……、(間)半年かかったわ、立ち直るのに。ううンもっとよ、……、毎日サブちゃんの顔見るのがつらくて、何度もお店を辞めようかと思ったわ。でも……、それでも私……、まだ好きだったから、……、少しでもサブちゃんのそばにいたくて、……(間) 毎日帰って寝床で泣いたわ。本当に一時は死にたくなっちゃって。……やっと最近よ、立ち直ったの、……立ち直っていろんなこと考えるのやめて、……人生ってきっとそんなもンだから、……誰の人生だってそんなもンだからって、一生懸命思おうとしてそれで」と、ここまで言った時、うみちゃんが「わかってるからガタガタいうなよ」と怒鳴りつける。

 視聴者はとりあえず救われた。かすみちゃんは少なくとも、軽薄で移り気な「つまらない女の子」ではなかったようだし、サブにとってかすみちゃんが特別な存在であるのと同じくらいには、かすみちゃんにとってサブは特別な存在だったのだとわかる。またかすみちゃんが、第1シリーズと比べて、サブとの関係を通してずい分大人の女性へと変貌を遂げたことがわかる。「人生ってきっとそんなもンだから、……誰の人生だってそんなもンだから」という台詞は、第1シリーズのあの一途で純粋だったかすみちゃんの姿を思うと、あまりに哀しい。だがこれも成長なのだ。

 ところでかすみちゃんは、このやりとりを、次の夜スナックでサブ本人に語っているのである。「困るのよね」と切り出しておいて、サブがしつこく問いただし、ようやく語り始めた体にはなっているが、婚約者と今もめているという前振りもあったので、どこか「女の不気味さ」を感じさせる部分もある。人間は曖昧なのだ。

 その後サブは、両国のスナックから渡辺組まで、かすみちゃんを送って行く。夜道が続き、渡辺組の前で別れようとした時、サブかすみちゃんに「キスしてもいいですか」と尋ねる。返事もしないし頷きもしないかすみちゃんを、材木の陰に連れて行ってキスする。かすみちゃんは嫌がるどころか、顎を上げ、背伸びするような姿勢で受け入れる。やかんがグツグツいっていた最初の時は、「鼻が邪魔にならないか心配だった」とかすみちゃんは言った。その時に比べたらずい分手慣れた風に見える。唇が離れた後、囁くような声でかすみちゃんは、「私、わかんない」とつぶやく。「何がスか?」と言うサブに首を振り、「おやすみ」と言ってかすみちゃんは去る。わからないのは自分の気持ちなのか、サブの本心なのか、その両方なのか。曖昧な人間の真実が立ち上がるシーンだ。

 その夜、夢枕に現れたかすみちゃんの父、渡辺組のかしら(加藤嘉)は、かすみちゃんを取ってしまえとサブをけしかける。「好いてくれてンだろう? 今でもかすみを、……頼りにしてるぜ。おいら、おまえを、……あんなインテリに負けねえでくれよな」

 そして、目覚めたサブは、かしらが亡くなったという知らせを受け取る。第2シリーズ第6話は、サブの一発逆転を予感させる状況で終わるのだ。

 ドラマを通して、人は変容し成長する。しかし人がまったく別人になることはありえない。第2シリーズ第7話で描かれるかしらの葬儀では、まだ籍も入れていない、結婚するかどうかもめていたはずの、例の婚約者が故人の息子ででもあるかのような顔をして取り仕切り、かすみちゃんを「かすみ」と呼び捨てにし、すでに自分の妻ででもあるかのように扱う。この男はサブに欠けているものすべてを持ち合わせているのだ。そう言えば、この男は自分の方が先に鼻の頭をこすった。サブかすみちゃんにそうされると照れながら顎をかく側だったが、この男のずうずうしいほどの積極性こそが、かすみちゃんにはむしろ安心できた、少なくともサブのような煮え切らない、曖昧な態度を取り続ける男と付き合った後では、救いになったということなのだろう。

 かすみちゃん最終回で、この男の後を追い外国に行ってしまう。山形よりも遠くへ。サブは一人前の板前として仙台に行き、給料も2倍以上になる。1970年代の恋愛は、最初古い形の障害に邪魔されているかに見えたが、後半この恋愛の破たんは、純粋に本人同士の問題であるとともに、恋愛というものに典型的な経緯を辿ったようにも見える。かすみちゃんは「人生ってきっとそんなもンだ」と考えるようになり、自分が安心して長く一緒に暮らせる男を選んだが、最後にサブに書いた手紙の中で、いつか自分が年老いた時に、子供たちに「見なさい。母さんにもこういうふうに輝くばかりの青春があったのよ」と自慢するのは、サブと過ごした日々の方だと語る。サブサブで、今付き合っている鈴木春子(風吹ジュン)と結婚したとしても、子や孫に自慢するのは、かすみちゃんとのことなのだ。

 一般的に言って、人を好きになった時の、一番の高揚感をともに経験した相手と結婚まで進むことは稀なのだ。もしそうなったとしても、高揚感は長続きせず、お互いが意識して別のもっと安定した形に作り変えて行かなければならないのだろう。多くの場合、高揚の次の段階は不安定なものになる。相手を疑ったり、幻滅したり。

 田中英光の小説、「オリンポスの果実」では、1932年のロスアンゼルス・オリンピックに向かう船の中で、ボート競技の選手だった「ぼく」は、走り高跳びの日本代表である女子大生と仲良くなる。コーチから男女で遊ぶことを禁止されつつ、互いに意識しあうような時間が過ぎ、競技が終わった帰りの船で、ようやく甲板で彼女と二人きりになり、彼女が恥ずかし気に「ぼく」の言葉を待ちながら立ち尽くしていた時、ふと視線を落とすと、彼女の脚に生えたうぶ毛が目につき、うぶ毛の生えた脚が憎らしくて、彼女に冷たい言葉を吐いてしまったというくだりがある。完全な瞬間は、後に続く時間を不完全なものにする。「ぼく」は下船の際に撮った写真を彼女の寄宿舎に送り、もしも返事が来たら彼女と付き合って、もしかしたら結婚できるかも知れないと期待するが、返事は来なかった。9年が過ぎ、すでに妻子ある身でありながら、ずっと気になっていたことを聞きたくて彼女に送った手紙という形式の小説の、その末尾が、「あなたは、いったい、ぼくが、好きだったのでしょうか。」という問い。その問いにもちろん答えはなく、彼女の表情や言葉や仕草の裏側にあるものは、いつまでも謎のままなのである。ちなみに本作品は完全な私小説で、田中英光は実際ロスアンゼルス・オリンピックに出場した選手であり、相手の女性は相良八重という走り高跳びの選手。ちなみに、走り幅跳びで金メダルを獲得した南部忠平のことにも触れられている。

 相良八重の本心は永遠にわからない。彼女は田中英光が送った写真入りの手紙に返事を書かなかった。ただ、彼の啄木歌集の余白に「日本に帰りましたら是非お遊びにいらして下さい。寄宿舎の豚小屋に。」と書いたのに、彼は行かなかった。冗談めかして書いたからかも知れない。写真に添えた彼の手紙も、相手の「迷惑を考え」て「あっさりした」ものだったし。相手の本心がわからないと、思い切った行動が取れなかった、これは1930年代の話。(続く)

 

 

 

 

 

 

 「人間というあいまいなもの」を、正しく表現するのに、誠実なドラマの作り手は四苦八苦する。もともと曖昧なものを、受け取る側には曖昧でない形で正確に伝えなければならないからである。さらにテレビドラマとなると、視聴率の問題もあるから、ドラマを観るのが得意でない、例えば言葉の裏にあるものを読み取るのが苦手な日本人にも配慮しなければならなくなる。それができない拙いドラマでは、人物がべらべらと自分の思いを説明し、筋立ても説明してしまうのである。

 最近はアニメの「アルプスの少女ハイジ」さえ理解できない小学生が増えている、そのように指摘され始めたのは20世紀末あたりだ。少子化やテレビゲームの普及、同世代と限られた量だけしかコミュニケーションが行われない日常、二次元体験の増大と自然体験の減少、などなど、45年後の今に至るまで、社会の変化はすべてドラマを観るのが苦手な日本人を増やす方向に働いたように思える。「いいね」かそうでないか、「善」か「悪」か、「敵」か「味方」か、YESかNOか、「好き」か「嫌い」か、そんな二元的なデジタル的な判断しか下せない日本人の割合が増えれば増えるほど、ドラマの作り手は苦労し、表面的で人間の実相から乖離した安物の表現が幅をきかせるようになる。

 人間はそういう善悪や白黒で分類されるべきものではないし、実は人間の内側にある本当のところは、当人自身さえはっきりわかっていない場合がたびたびあるものだ。

 「前略おふくろ様」第1シリーズ第9話で、かすみちゃん(坂口良子)は渡辺組の大事な取引先の息子とお見合いすることになる。サブ(萩原健一)と初めて映画を観に行ったのが第6話で、やかんのぐつぐついう音を背景に手を握り締め、お互い恋人同士と意識するようになったのが第12話だから、その間のちょうど中途半端な時期だった。かすみちゃんはお見合いの時に着る服は洋服がいいか和服がいいか相談したいとサブを呼び出す。もちろんサブにお見合いのことで何か言ってほしかったのだ。サブは彼女に会おうとしない。見かねた利夫(川谷拓三)が電話でサブを呼び出し、かすみちゃんと代わる。「ごめんなさいね、お見合いのこと……」 だがしばらく黙っていたサブは、「あのぅ、頑張って下さい。」と言ってしまう。自分のことを好きな女性に、お見合いを頑張って下さいと言ったのだ。かすみちゃんは他の女性のことで嫉妬する時とは全く違う、本気の哀しそうな顔をして沈黙する。「あのぅ、切ります。」と言って受話器を置いたサブは、すぐに板場に戻ることなく、カメラに背を向けてじっと俯く。サブも苦しそうだ。かすみちゃんはしばらく受話器を握ったままでいる。その後、そばにいた利夫から離れて座敷に座り込んだかすみちゃんの哀しげな横顔でこのシーンは終わる。言葉で説明されないものが漂ういい場面だ。だが、かすみちゃんにサブの本心はきっと伝わっていない。ドラマを観慣れていた当時の日本人には、二人の思いが正確に伝わっていたのだけれど。

 見合いの当日、板前たちとかすみちゃんを除く仲居たちがワイワイ言いながら食事している時、かすみちゃんを結婚相手に考えたことはあるかと仲居のつるこ(姫ゆり子)に問われて、サブは「かすみちゃんとオレ、関係ないですから。」とはっきり答える。その夜、半妻さん(室田日出男)に呼び出されて飲んでいる時にも、「関係ないです」と言ってしまう。ラストシーンで、例によっておふくろ様(田中絹代)に宛てた語りが始まり、サブはようやく本音を言う。

「前略おふくろ様、包み隠さずオレの心のありったけを言うと、やっぱりオレ、かすみちゃんに見合いしてほしくなかったです。」

 第9話のラストシーンで、婉曲な形ながら初めて言葉で表された、これがサブのかすみちゃんに対する愛情の表現である。おそらくサブ自身にとっても、それまで曖昧だったかすみちゃんに対する自分の感情をはっきり意識するようになったエピソードではないかと思われる。ただしかすみちゃん本人に言葉で表現することはなかった。彼の言葉は、「(見合い)頑張って下さい。」なのだ。

 かすみちゃんにとって、サブの気持ちはずっと曖昧なままだった。それを確かめたくて、他の女のことで嫉妬したり、鼻の頭をこすり、相手が顎をなでるのを待つ、「好きだ」「自分も」の合図を毎日繰り返したりした挙句、第1シリーズ第2シリーズの間の時期には、「逢えば年じゅう好きだのきらいだの、そんなことしかいわないじゃないスか。」と、とうとうサブに嫌がられるようになるのだ。「好きだのきらいだの」と年じゅう言わせたのは自分の曖昧な態度の方に原因があることなど、その時のサブには絶対に理解できなかった。その時彼は、青春後期の、漠然とした曖昧な、「自分はこのままでいいのか」という焦燥の念に追い立てられていたのだから。(続く)