ブライダルに対して、すごくすごくとりなしの思いが与えられて、
涙涙で祈った。
式場の人たち、聖歌隊も、牧師と呼ばれてる人さえも…ノンクリスチンで、
クリスチャンはわたしたった一人。って状況がほとんど。
だけど、一人でもいることが、
ほんとに小さい者だけど、神様の目から見たら大きいことなんじゃないかなって思った。
わたしが声楽をやってたから、この職場にたどり着けたわけで、
意味があることだったんだなあって。
声楽はやめても、聖歌隊だけは続けてて、やめようという考えにはなぜかならなかったのだ。
その中で、ほんとにただ神様が働いてくださって、
前に比べてほとんど練習もしてない、発声もしてないその状況で、
なぜか前より歌えてる気がして、
今までの自分がどれだけ技術面に固執してたのか、気付かされたのだ。
そして1コリ4:7の、神様からもらったもの以外は何ももってないってこと、教えられたことが大きかった。
本当に今まで、自分の声がどのくらい出せたか、いい発声で出せたか、ってゆう自分基準の評価で高慢になったり卑下したりして、
そして人の評価をほしがったり、拒んだりして…笑
とっても浮ついてたんけど、
声も、今あるだけの技術も、ただ神様から与えてもらったものって思ったら、誇れないし、自分を裁けなくなった。
とゆーかそういう概念がなくなる、とゆーか、、
ただ与えてもらったものを使わせてもらってるだけなんだなああって、改めて感じた。
だから神様からもらった声で、各式場で神様を賛美したい。
ブライダル業界にみくにを‼︎
神様のご計画があるんだなあ。
偉大な偉大な、想像をこえたご計画‼︎
わたしには不可能だし、弱いし力ないんだけど、
神様には可能で、強くて、力ある方‼︎‼︎‼︎‼︎
だから全部神様に捧げきりたい。
神様に全力でむかってゆきたいな‼︎