このカテゴリーでは現時点で可能性、進展性を感じるものをいくつか
・認知地図
大まかに言うと、人間がその対象物について脳内で見ている映像、画あるいは記号。
基本的に個々人で同じ対象でもイメージは変わる。
例をあげると、ある母子がいたとし、彼女らが最寄駅から自宅まで何を目印として自宅まで帰るかは母と子で異なる。つまり、コンビニを目印に右折する母にとっては何番目の通りか、3番目の通りを目印に右折する子にとってはコンビニの存在が、それぞれ意識からは外れる。
極端なことを言うなら、彼女ら(の脳内)にとってそれは存在していないのとなんら変わらない扱いをされているということである。
認知地図自体の意味はそれらの素材から各自が作り上げる地図のことだが、そこまで落としこまなくとも非常に魅かれる概念である。
ニューデザインパラダイスという番組では「長友啓典」が制作した「地図」がまさしくこれで、その地図は東京を起点に、鉄道の時間距離によって日本地図の形が、いびつになっている。
これのおもしろいところは、東京からの仙台、館山までの距離がほぼ同じになっている点である。
頑張って歩いた伊能忠敬もしょんぼりである。
同じ地図つながりで、世界地図でもいえる。ふだんよく目にする世界地図では日本が中央にあるが、他国では異なる。アメリカなら極東へと追いやられオーストラリアなら上下がさかさまになる。
「原研哉」が言うと、パチンコの受け皿になる。
媒体により、認知地図はさまざまなバリエーションをつくれる。
「暦本純一」のアクセスポイントの範囲によるひずんだgoogle-mapなど
おそらく、なにを「主とする」か、なにに「ピントを合わせる」かによってものごとのが変容している点がおもしろく感じたのだろう。
ふだん見落としていたものに対する「気づき」のようなものを感じた。