録音
レコーディングも終盤に掛かってきました。
今回もBISのレコーディングなんですが...
同じ場所を10回20回と実際に何回テイクしたかわからなくなりながら録音を進めて行く。
要はツギハギだらけになるわけです。
こういう取り方をしてまで録音って何の意味があるんだろうって思ってしまうんですよね。
ショートショートを膨大な数を繰り返しながら録り進めて行くのでフレーズの繋がり、ストーリーがみえてこない。しかも奏者の集中力が物凄く散漫になるのです(シンガポールの刑務所で囚人が椅子の位置をかえる作業を一日に際限なく無意味に繰り返しさせられると半狂乱になる、という話を聞いたのを思い出しました)。
多少音程が合っていなかったりズレが有ったりしてもライブにちかい緊張感、集中力、流れのある演奏の方が僕にとっては魅力があると思うのだが。
会社的にはオケとして売り込み今後認められていく為にもこのようなフランケンシュタイン録音が必要なのだろう。
アートの世界はツギハギもそれはそれで芸術になりえるが、クラシック音楽の場合はやはりどんなに編集技術が進んでもフランケンシュタインでは魅力は半減するのではないのだろうか。
その魅力とやらがどの程度かはまぁ置いておいたとして(汗)。
完璧な録音が出来た所で我々のオケから出てくる生の音、音楽はおおよそ似ても似つかない物だ。
背伸びして売れたとしても生演奏で大幅に期待を裏切るのは余り好ましいとは思えないが。
オケを売り込みたいのであれば本当の意味で魅力的なオケに成長する事が先決だろう。
そんなにフランケンが欲しけりゃシンセ使うのがいいんじゃないのかなぁ(ってシンセに失礼か・・・・)とか、セクションごとに録音して後で被せれば・・・・とか思ってしまうんですけれど。
誤解しないでほしいんですけれど、僕はうちのオケはアットホームなサウンド(悪く言えば厳しさが無い、詰めが甘い)は嫌いではないんですよ。
録音はオケを売り込んでいくための企画の筈なんですが、録音の予定表を見た瞬間に団員の顔に疲労色が浮かぶってどんだけ今までのBISとの録音に辟易しているかわかるでしょう。
今回の録音や今後のツアーの為の資金、エネルギーをもうちょっと別の事に向ける事が出来たらオケはもうちょい成長して行けるんじゃ無いかなぁってちょっと思いました。
ではでは。
今回もBISのレコーディングなんですが...
同じ場所を10回20回と実際に何回テイクしたかわからなくなりながら録音を進めて行く。
要はツギハギだらけになるわけです。
こういう取り方をしてまで録音って何の意味があるんだろうって思ってしまうんですよね。
ショートショートを膨大な数を繰り返しながら録り進めて行くのでフレーズの繋がり、ストーリーがみえてこない。しかも奏者の集中力が物凄く散漫になるのです(シンガポールの刑務所で囚人が椅子の位置をかえる作業を一日に際限なく無意味に繰り返しさせられると半狂乱になる、という話を聞いたのを思い出しました)。
多少音程が合っていなかったりズレが有ったりしてもライブにちかい緊張感、集中力、流れのある演奏の方が僕にとっては魅力があると思うのだが。
会社的にはオケとして売り込み今後認められていく為にもこのようなフランケンシュタイン録音が必要なのだろう。
アートの世界はツギハギもそれはそれで芸術になりえるが、クラシック音楽の場合はやはりどんなに編集技術が進んでもフランケンシュタインでは魅力は半減するのではないのだろうか。
その魅力とやらがどの程度かはまぁ置いておいたとして(汗)。
完璧な録音が出来た所で我々のオケから出てくる生の音、音楽はおおよそ似ても似つかない物だ。
背伸びして売れたとしても生演奏で大幅に期待を裏切るのは余り好ましいとは思えないが。
オケを売り込みたいのであれば本当の意味で魅力的なオケに成長する事が先決だろう。
そんなにフランケンが欲しけりゃシンセ使うのがいいんじゃないのかなぁ(ってシンセに失礼か・・・・)とか、セクションごとに録音して後で被せれば・・・・とか思ってしまうんですけれど。
誤解しないでほしいんですけれど、僕はうちのオケはアットホームなサウンド(悪く言えば厳しさが無い、詰めが甘い)は嫌いではないんですよ。
録音はオケを売り込んでいくための企画の筈なんですが、録音の予定表を見た瞬間に団員の顔に疲労色が浮かぶってどんだけ今までのBISとの録音に辟易しているかわかるでしょう。
今回の録音や今後のツアーの為の資金、エネルギーをもうちょっと別の事に向ける事が出来たらオケはもうちょい成長して行けるんじゃ無いかなぁってちょっと思いました。
ではでは。