アルコール依存症については知っている方は多々いるかと思いますが、

今回、私はアルコール依存症の特徴を私なりに書き綴りたいと思います。

(下記の特徴はアルコールを他の依存症に置き換えれば他の依存症にも重なる部分があるので、他の人にも参考にされたらと思います)

 

※アルコホーリク=アルコール依存症者

 

(アルコール)依存症は人が生きていて出会う価値があるものを、徹底して破壊してしまう。

ただの大酒のみであれば、本来の寿命より1年や2年早く逝くこともありえるだろうが、控えることが出来る。

アルコホーリクスは飲酒の量に対するコントロールを失い始める。

それは、前の晩に置き忘れた酒瓶を死に物狂いで探そうとしたり、誰かに酒瓶を取り上げられないように、酒瓶を隠しておいたりする。

もっとひどくなると、お酒を飲まないと仕事にも行かれなくなる。

そして、ただ泥酔を繰り返すだけの日が来る。

アルコホーリクスの反応に対する完全なる答えはなく、意見がずいぶんと分かれている。

ある一定のところに達したら最後、何の手だてもなくなってしまうのが何故だかわからない。

アルコホーリクスも数か月や数年とお酒を止めることがあるが、確かにお酒を飲まずにいるかぎりは、普通の人と同じように振る舞える。同様に、どんな種類のアルコールであれ、少しでも身体に入ったら最後、肉体と精神の両方に何かが起こり、飲まずにはいられなくなってしまうこともまた確かである。

酔っ払いは自分で納得できるような言い訳を持っていることもあるが、つきつめたところは結局本人にも分からない。

この病気に本当につかまった人たちは、ただただ誰にも理解できない人間になる。

 

ほとんどのアルコホーリクスは飲酒についての選択能力を失ってしまっている。

いわゆる意志の力というものも、事実上、存在しなくなる。

だからアルコホーリクスは最初の1杯に対してまったくの無防備になってしまうのである。

 

(アルコホーリクス・アノニマスより一部参照)

 

 

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病的依存症は合理的な説明を口では言うことが出来ても、本質的な又は精神的な説明をすることは出来ない。

それは自身が依存に対して無防備であり、依存になる言い訳を正当化する言葉しか持ち合わせないからである。

『一杯の狂気』と表現されている部分がある。

これは渇望現象の始まりであり、依存対象の渇望でもある。

何故に狂気と揶揄されるかというと、その一杯が破滅への入り口であり、自身でも狂っていると後々感じる現象だからだと、私は解釈している。

この『一杯の狂気』は共依存であれば、『一目の狂気』、クレプトマニアなら『一品の狂気』とも言い換えられよう。

それほどまでに狂っている現象であると思う。

 

後でまた書くかもしれないが、依存症は治らない、常に付き合っていくしかないと言うのが私の持論である。

 

これは上記のアルコールを数年飲んでなくても、依存症が治らないと言うのと同義であり、(1)で話したアレルギーの一種であるため、花粉症と同様に付き合っていくしかないという話でもある。

これは花粉症であれば、アレルゲンから離れる、薬を使う等色々あるが、アルコール依存症も同じで、酒から遠ざかる、アルコール以外の何かで気を紛らわすなどがある。

ただし、これも対症療法でしかなく、治るわけでない。

それを念頭に入れて欲しいと思う所存です。

 

次:((アルコール)依存症と自身(3)

 

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