大往生 | sauce of roastbeef

大往生




23日の夕方、プラモの作業が一段落したので
ビールでも飲むかと思ったら母親から電話が。


「おばあちゃんが意識不明になったって」


それが6:30分頃、
慌てて家を出て病院に着くともうすでに旅立たれておりました。


そろそろかな?と少しは心の中では思ってたけど
ホントにびっくり、何が起こったかしばらくわかりませんでしたよ、
亡骸はまだ温かく声かけたら目を覚ますんじゃないかって。


病院の先生が全然気づかなかったらしく
「あれ?、息してないんじゃない??」
眠るように臨終を迎えたそうです、苦しまなくて良かったなと。


とても奇麗な顔をしておりました。


戦後の日本を女手一つで2人の子供を抱えて生きてきた祖母は
戦争でお坊さんだった祖父を亡くし
家から追い出され鳥取の城跡の山の麓の小さな土地を渡されて
オンボロの家に住んでおりました。

そしてその土地に戦争で住むところを無くした人を無償で招き入れ
ちょっとした集落みたいになってましたよ。

僕は父方の祖父母が居ないのと、
小さい頃、よく両親がもめてここに母が帰ってたのでw
祖母との思い出が割とたくさんあるんですよね、
とてもたくましくとても優しい女性でした。

そんな祖母が80歳になった頃にウチの実家に引き取り
それから5年くらいは一緒に暮らし、
僕が結婚して家から出ても近所だったのでちょくちょく会ってましたね。
90歳になったくらいから
「おじいさんはいつ迎えにきてくるのかな~」って
よく言っておりましたよ。


その後、足腰も格段に弱くなりボケも始まったくらいから施設にて生活、
そこでもまわりから人気があって
看護師さんからも可愛がられてたみたいです。



そして23日。



97歳という高齢もあり多少はそういった覚悟もしてたのですが
やっぱり悲しいもんですね、
「人志松本のすべらない話」を泣きながら見てたのって
日本中で僕だけかもしれません(笑

お葬式は親族と、生前仲の良かった方々だけの家族葬で
ほのぼのとしたとてもいい式だったと思います。


で、その後に祖父の命日を聞いてびっくり?!
なんと12月24日に登記上はなってるとのことです。
(↑戦死なのでちょっとあやしいw)




きっと迎えに来たんでしょうね。