9月4日
「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、少し休みなさい。」
マルコによる福音書 6章31節
私たちの霊的な成長を妨げる大きな要因の一つは、主を待ち望む時間が十分ではないということです。
朝のコーヒーを飲みながら吸い込む空気だけで、24時間という一日を乗り切ることはできません。それとは対照的に、私たちは一日中、絶えず息を吸ったり吐いたりできるような「空気(環境)」の中で生きる必要があります。
実際、私たちクリスチャンは、主を待ち望むことが不十分なのです。霊的な活力を健全かつ豊かに保つには、聖霊との霊的な交わりに多くの時間を費やすことが求められます。あらゆる瞬間において、私たちはキリストご自身を吐き出し、主のいのちの瑞々しさを吸い込む者であるべきなのです。
神は、私たちに聖霊を遣わそうと待ち構えておられます。神は私たちを祝福したいと切望しておられます。神が何よりも望んでおられるのは、ご自身の多様で豊かな備えをもって、私たちの霊的ないのちを活気づけ、支えることなのです。
さあ、聖霊を受け入れましょう。主にあって生きましょう。神の無限の恵みが無駄に与えられたのではなく、私たちがそれを大切にし、日々与えられるすべての祝福をしっかりと受け止めていると知っていただく喜びを、神に差し上げようではありませんか。
主よ、今日一日、私があなたにとどまることができますように。花が太陽を求め、魚が海を求めるように、あなたの愛の中に生き、その愛が私の存在にとっての空気となり、なくてはならない要素となりますように。
