10年近く前のこと。
実生活で悩みがあったのと、自分自身をより深く知りたいとの思いから、あるセッションを受けたことがある。西洋占星術とコンシャスチャネルを併用したそのセッションは、クライアントの無意識の闇を意識化するというものだった。
このセッションで、私は自分の中のインナーチャイルドを初めて認識することになる。心に受けた傷は自分でも認識できないほどに深いものだった。3歳くらいまでは、子供にとって母親という存在を一番必要とする時期であり、この頃までに人は「自分はこの世で生きていていいんだ」という基盤をつくるのだという。私は、その生きていく安心感を得られないまま成長し、大人になった。当時の私の心の動きを聞きながら、悩みの原点はここにあるのだろうと無意識ながらに感じていた。
そのセッションで、あるキーワードが出てくる。「モラルハラスメント」という言葉だった。
「この言葉を調べてみてください」といわれたが、どうにもピンとこない。そもそも、この言葉自体よくわかっていなかった当時の私には、心の闇と何が関係あるのかまるでわからなかったのである。もちろん調べてみたのだが、言葉の意味を認識しただけで結果は同じであった。
その数年後、ツインソウルの彼と向き合うようになったことにより、力と支配の関係性に気が付くことになる。今まで、コントロールするされる事は日常茶飯事であったため、その異常性にまったくと言っていいほど気がついていなかった。私にとって、それが当然の世界であったのだ。
だが、ツインソウルと実践で様々なことを学ぶことにより、その意識が大きくかわっていくことになる。ツインソウルにはコントロールをすることもされることも、どちらも通用しないからだ。彼との関係性で、一番最初に実感したのはこれであった。この心地よさを知ったことにより、コントロールの心地悪さに敏感に反応するようになったのだと思う。かなりの時間をかけて、体感、観察、調べるという繰り返しをしていった結果、セッションで言われた「モラルハラスメント」の意味が理解できるようになっていった。
ところで、である。
最近、某芸能人夫婦の離婚劇で、「モラルハラスメント」が取り沙汰されるようになり、この言葉が私の意識に再浮上してきた。どうして、「モラルハラスメント」は行われるのかという事が、現在起きている、私的な事と大きくリンクしているように思えたからだ。
少し前に書いた、左肩の痛みを体感 したのち、私にはどうしてもやりたいと思うことがあった。
それは、久しぶりに雛人形を飾ることであった。
昨年も記事 にしたとおり、私の中で雛人形の飾り方への疑問が氷解したため、どうしても本来の飾りつけをしたいと思っていたのだ。
七段飾りのお雛様をすべて飾り終え、その飾りを眺めながら、私は涙していた。
「正された力関係」を雛人形に見ての涙だった。
それは、お内裏様とお雛様に限らず、三人官女・五人囃子・随身・仕丁・橘と桜に至るまで全ての飾りを見てのことである。
今までの不義理への反省とともに、生まれてこれたこと、育ててもらえたことへの感謝の気持ちが私の中からあふれてきたのである。もう、それはとめどもなく流れる涙だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。゚(゚´Д`゚)゚。」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう・゜・(ノД`)・゜・」
先日、ツインソウルの彼と娘さんを見て泣いたと書いたが 、その時のあふれる思いもこんな感じであった。「ごめんなさい」と「ありがとう」この思いで泣いていた。が、今回はもっと大きく自分を生み育んでくれた全ての人への思いがあふれてきての、「ごめんなさい」と「ありがとう」だったのだ。
それは、人だけではない。全ての事象に及ぶことだった。
私の中で、大きくのしかかっていた「ブロック」が外れた・・・と思った。
ブロックとは何か?
実は、これが「モラルハラスメント」と大きく関わることなのである。
次回、このことを書いてみたいと思う。