出発当日の早朝。酒風呂に入って身を清めてから、身支度を整える。
身を清めるのは、山を守る神々様に失礼のないようにやっている私なりの儀式でもある。ちなみに、神社参拝に行くのも、ご挨拶をかねて道中の無事を祈願するため。富士山前に行くことになった二つの山の時も同じ事をした。特に今回は、霊山と名高い富士山への登山。その気持ちはより一層強いものだった。
今回のルートは5合目にある富士吉田口からの出発。
こちらには、小御嶽神社というお社がある。
このお社は、富士浅間神社のご祭神である木花咲耶姫命様のお姉様にあたられる、磐長姫命様がお祀りされている。こちらへ、ご挨拶と登山をさせていただくご報告をかねた参拝をし、いざ出発!
今回のツアー参加者は計14名。うち、2名は主催者側のスポーツクラブのトレーナーでツアーのサポートをしていた。ここにプロの山岳ガイドさんがついて、総勢15名のグループでの登山になった。
このガイドさん、御歳65歳、登山歴42年という超ベテラン。ガイドは富士山のみしかしないという方で、富士に携わる方々の中でも長老のような存在だったように思う。
かなり優秀なガイドさんだったようで、ゆっくりなペースを保ちつつ休憩をこまめにとり、次に向かう先の様子を説明しつつどう登ればよいか教えてくれるのだ。
これは他の団体のガイドさんの事だが、「あのガイドさんは・・・」という渋い声もいくつか聞いたりしたし、登山者に対してやたらと声高に注意をして歩くガイドさんとか様々。経験の差なのか、私達のガイドさんにはグループの中で誰も文句を言う人がいなかった。ガイドの上手さはもとより、自分の意見を押し付けることなく、基本的に個人を尊重する態度が好感を呼んだのかもしれない。皆、尊敬の目で見ていたのが印象的だった。
五合目から六合目までは、比較的登りやすい登山道が続く。そこかしこに植物も生い茂り、多少の岩や木の根っこなどの障害物等があり、普通の山の登山道と何ら変わらないように見える。
以前は、ここを歩くだけで息苦しさを感じていた私だが、今回はトレーニングの成果もあったのか、何事もなく歩くことができた。
六合目で休憩をとりながら、上を見上げると直ぐそこに七合目の山小屋群が見える。いや、見えているように感じると言ったほうがいいのか。頂上すらもすぐにでも行けそうに見えるのだが、事はそう簡単にはいかない。
ちなみに、富士吉田口五合目で標高2305m、六合目で標高2390m。たいした標高差がないように感じるかもしれないが、この吉田口ルートは、五合目~六合目にかけては、縦に登るというよりは、横に登っていく山道になっている。だから、ここまでは比較的登りやすい道といえるだろう。
さて、ここから本格的な登りが始まる。
山道はよく整備されたものだった。比較的広く、階段状になっていて、とても足場が安定している。そういう道がしばらく続いたのちに、岩場があらわれてくる。ゴツゴツとした岩場は下から見ると、とても怖そうに見えるのだが、歩いてみると以外なほどに登りやすいと感じた。
前々回の山で嫌というほど岩場を経験したため、安定した岩場はとても登りやすいものだった。急な岩場ではあるが、ストックや手を使って三点確保をすれば登れる。山岳救助隊の方々に教えていただいたストックワークを思い出しながら、確実に登っていった。
七合目にさしかかり、山小屋群が間近に迫ってきた。しかし、私達の泊まる宿は七号目の一番上にある山小屋。ひたすら、登り各山小屋の外で休憩をとりながらそこを目指す。
なかなかたどり着かないなぁ・・・と思っていたところで、ようやく到着。
リニューアルしたばかりなのか、なかなか快適な空間がひろがっていた。説明をうけ、寝床に案内されて荷物を整理したのち、すぐに夕食。山小屋の夕食といえば、カレーだね~なんて噂していたのだが、ここはご飯・味噌汁・香の物・ハンバーグといった膳だった。どうやらここの名物らしい。盛り付けられたご飯は、かなり少量だったのだが、これで充分。おかわりは自由なのだが、これ以上入らない感覚だった。
手洗い等をすませ、テラスから山の景色を堪能したあと、早々に就寝することにする。
この時、18時30分頃。起床は、23時30分。
深夜登山に向けて、とにかく身体を休めなければならないのだが、どうしたことかなかなか寝付けない。正確に言うと、身体は横になっているため休まっているのだが、目が冴えて寝付けないのだ。こちらの山小屋の就寝スペースは聞いていた他の山小屋と違って、かなりゆったりしたものだったし、寝袋ではあったが、思った以上に快適だった。しかし、寝付けない。寝付けない上に、山を吹き荒れる風の音、誰かの動く音、いびき、扉の開け閉めの音、話し声などが耳につく。態勢を変えたりしてずっと寝ようとしていたのだが、どうしようもなくなり、一旦外へ出ることにした。9時30頃だった。
外は、冬の夜並に冷たい空気。夏山シーズンは終わろうとしているのだなと実感しつつ、ふと空を見上げると、満天の星空が目の前に。北斗七星やカシオペア座がこんなに近くに!高いところに来たんだなぁと感激していた。
部屋に戻ろうとふと登山道を見上げると、ヘッドライトがひとつ上から降りてくるのがみえた。降りてきのは外国の方。英語で「ここは幾ら?」と聞いていた。話し終えたあと、また降りていく姿が。小屋のスタッフの話し声で、どうやらここへ泊まりたいかもしくは休憩がしたかった事がわかった。「1,500円はないよなぁ」とスタッフのお一人がつぶやかれたところをみると、値段の交渉が上手くいかなかった模様。そのため、違う山小屋を探しに降りていったようだった。ほとんど灯りがない、強風ふきあれる夜の登山道、しかも岩場を下山している。危険極まりないその姿を垣間見て、手をさしのべられるものであれば差し伸べてあげたいと思いつつも、自分の事で精一杯。そんな余裕はなく、山での自己責任の大切さを実感したのだった。
外へ出たのが良かったのか、寝床に戻って眠ることができたのだが、それもつかの間、あっという間に起床の時間になった。正直、寝足りない・・・まだ眠っていたい感覚がある。何人かに聞いたところ、よく眠れた方はごく一部。皆、眠ったか眠らないかという状態だったようだ。それでも、寝起きでボッーとしている頭をなんとか覚醒させて、荷物の用意をして広間に集合。皆、装備は冬の格好。フリースやダウン、レインウェアで身を固め、グローブに頭にはヘッドライト。いよいよ、頂上アタックが始まる。
ここからは、1時間ほど岩場が続く。真っ暗な中、岩場を登っていくのだが、頼りはヘッドライトの灯りのみ。動く度にその灯りがチラチラと揺れるのをみていると、眠気を感じずにはいられなかった。でも、なんとか本八合目の山小屋「富士山ホテル」まで登ってきたろころで、小休止が入る。ガイドさんの説明では、ここが下山道に一番ちかいところだということだった。これより上に登っていくと、下山道からどんどん離れていくとのこと。もし、体調が優れなければ、この富士山ホテルでならば、有料にて休憩か仮眠をとることが出来るとのことだった。ここまで天気に恵まれていたのだが、少しずつガスが出てきて、霧雨のような天候の中、出発の合図がかかる。体調が微妙な状態で行けるかな・・・と思いつつ更に登ってみたのだが、ここからこの天候の中3時間も登り続けるのはやはり無理と判断。八合五勺の地点で、自分の限界が見た。
とにかく眠い・・・この強い眠気に勝てず、先ほどの富士山ホテルまで戻る決断をする。
トレーナーが一人ついて来てくれるとのことだったが、グループの男性一人が「こんな状態では頂上にいっても御来光が拝めないだろうから」と、代わりに降りてくれることになる。朝の7時頃に迎えにくるから、先ほどのホテルで待っていてくれと言われ、ここで本隊と別れて、私達は先ほどのホテルをめざして降りていった。
この時点で夜の3時頃。
ホテルでは、休憩1000円、仮眠 3000円。
もちろん、仮眠を選択。この時、お手洗いや飲食物を購入する小銭以外に、ある程度のお金は持ち歩くことが大事だと悟る。今回は、山小屋の料金がツアー料金に含まれていたため、山小屋へ支払うお金のことは頭に入れてなかった。まさか、こんな状態でお金が必要になるとは思ってもおらず、自分の考えの甘さを実感したのだった。
ここの寝床は、人一人寝転ぶのがやっとの状態。それでも、寝床に横になって直ぐに深い眠りに入っていった。多分、緊張感から解放されたことからリラックスにつながったのだと思う。
目を覚ましたのは、「御来光だ」という声が耳に入ってきた5時前だった。
眠かったので見ようかどうしようか迷ったが、やっぱり見にいくことに。
ちょうど、御来光が出てくるところだった。
それはそれは、素晴らしい御来光が眼前に広がっていく。
立ち込める雲海にオレンジ色の光が差す様は、なんともいえない荘厳さを醸し出していた。
この御来光を拝めることができただけで感激。
ここまで来れて本当に良かったなぁ・・・と一人、満足をしていた。
別の団体の方で一緒に御来光を見た方曰く、頂上までたどり着く手前で引き返してきたのだとか。天候の関係であまり良い状態ではなく、引き返してきたおかげで御来光を拝めた・・・と。
そのあと、もう一度仮眠するために寝床にもどり少し寝たあと、小屋のスタッフに「本隊が降りてくるそうなので荷物のパッキングを整えてすぐに動ける用意をして下さい」と起こされる。
パッキングを済ませ、山小屋でいただいていた朝食(いなり寿司とガリ)を少し食べ、注文した温かいココアをすすって身体を温めながら、本隊を待っていた。
そんな中、山小屋に飛び込んできた若い女の娘がいた。どうやら、貴重品をなくした様子。今回の登山でも、家の鍵を落し物で見かけたが、落し物や忘れ物は結構多いのだそう。山小屋のご主人曰く、一年保管して落とし主が現れなかったら処分するとのことだった。意外に多いのが、寝袋の中の忘れ物。自分の持ち物は自分でしっかり管理をする。こういう所にも、自己管理の大切さを感じた。
そうこうするうちに、予定通り7時頃、本隊到着。皆のいるところにいくと、何だかヘトヘトに疲れ果てている感じがした。聞くと、頂上までの登山はかなり大変だった模様。曰く、「地獄絵図を見るようだった」とは、トレーナーの感想。その様を聞いていると、頂上アタックが簡単なものではないのが伝わってきた。九合目付近から頂上まではかなり混雑していたらしく、一度、下山道へぬけてそこから頂上を目指したのだとか。砂地の道をただただひたすら、軍隊の行軍のように黙々と歩いていったらしい。頂上についても、吹き荒れる突風で立っていることが困難と感じられるほど。火口から吹く風もあり、お鉢めぐりも危険すぎて出来なかったそう。御来光も雲の切れ目で一瞬だけ見れたそうなのだが、私が本八合目で見たような素晴らしい光景は拝めなかったということだった。
皆に、大丈夫?と心配してもらったが、ゆっくり仮眠をとって身体を休ませおかげで身体がすこぶる快調な私は、皆の方が大丈夫かと心配になった。なにせ、まだ下山が残っているのだから。
頂上に行くことに必死になると、下山への体力を奪う。これは、前々回の山で学習したことだった。山登りは、下山をして初めて登りきったと言える。だから、自分の身体と向き合って、ペース配分を決め、どこまでなら登れるか自分が判断しなければならない。これも、自己管理のひとつなのだと思うのだ。自己管理を怠り、他人に依存したままでは迷惑をかける事になりかねない、と心得ておく必要があるのかもしない。そういった意味でも、山登りはとことん自分と向きあう場なのだろうと思う。
さて、本八合目から下山が始まる。
下山道は、砂地で上りより歩きやすいのだが、足を取られやすい道でもある。一歩踏みしめるごとに、ずずっと足が前に引っぱられていく。これは、非常に足の力がいる。ふんばる力と言ったほうがいいか。。
山登りは下山が大変。以前、下山時に膝が笑って止まらなくなった事もあり、実際に膝の故障もあったので、膝にサポーターもしくはテーピングをほどこし、スポーツタイツを着用して足の筋肉を補強する事前準備は怠らないことにしている。現在の私の脚では力を入れることが困難とわかっているからだ。
しかも、ストックワークを教えて頂いていため、上手くストックを使って降りることができたからか、私自身は膝への負担はかなり軽減されていた。
同じグループの中に、この膝がどうにもならなくなった方がいた。多分、私と同じで脚に力が入らないのだろう。脚に力があれば、リズミカルにトントンと降りてこれるらしいのだが(^^;
それでも、富士山の下山は楽だと思った。上りと違って息が上がることがないし、高度が下がるため、息も格段に吸いやすくなる。それに、岩場を降りることもなく、ひたすら砂地のところを降りていくだけ。天気がよければ見晴らしもいい。安定しない岩場を下っていくという怖さを体験していたので、これは本当にありがたいと思った。
下山を初めて約3時間半ほど。ようやく、六合目が見えてきた。あ~、ようやく降りてきたなぁと実感。
このあたりから、少し雨が降ってきたが、ここまでずっと天気に恵まれていた。
雲はあるものの、晴れ間は見えるし、下界の様子も見える。夜は満点の星空に、赤い月。御来光も拝めるなんて、少し数日前の天候なら考えられなかった。正直、台風のためキャンセルが続出したようで、登山道は空いていたとのこと。台風が人払いをしてくれたんだねと皆で噂していた。
六合目まで降りてきた時点で上を見上げると、雨雲が山頂までおおっている。明らかにこれから登る人達は、雨の登山になるなぁと思いつつ、そうでなくて良かったと心底思った。
六合目から五合目に向けて歩いていると、ブルドーザーがやってきて仮設トイレを撤去にかかっていた。実は今季の夏山シーズンは、2日の正午まで。私達が、五合目に辿りついたのが、2日の11時半ごろ。ギリギリで夏山を堪能できたのだった。
前回・前々回の経験は、富士山へ登らせていただくために用意された経験の場だったように思う。さらに言えば、その前から、ウォーキングやフルマラソンを経験し身体を鍛えていたこと、その後に経験した登山もこの流れのなかにあったのだと思った。
その後、小御獄神社へ無事下山したことを報告に伺う。その際に、持参していたお供え物を宮司さんに託した。頂上の奥宮にお供えするつもりだったのだが、結局こちらのお宮にお供えすることになった。どちらにしても、富士のお宮にお供えできて良かったと思う。
無事、富士山に登山できて、本当に良かった。
非常に恵まれた条件で、素晴らしい登山ができたこと、仲間に恵まれたこと、そして沢山学べたこと、心から感謝している。
登頂はできなかったが、不思議と悔しさはない。
むしろ、今の私では登頂は無理なのだと受け入れることができる。
登頂はそのうち![]()
いつか出来ると信じて、これからも身体を鍛えていこうと思う。
