サディサティ(インド版厄年)抜けました!!
いや~、長かったし、辛かった。ほんと色々ありました。
サディサティの最終章はこれでもかと忙しくて、中々に大変でした。
(もしかしたら、時代的な”変化”ということも多分に影響したのかも、ですが)
有無を言わさずに降りかかってくるあれこれに準備もできていない丸腰の状況のまま対処。
この時に、身をもって実感しました。
忙しいとは、文字どおり、”心”を亡くすることであると。
自分のことも、身近な人々への対応もおろそかになるし、雑になる。
とはいえ、とはいえ、
*****
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
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かの良寛さんのお言葉。
なぞらえれば、
忙しい時節には忙しいことがよく候、
なのかもしれません。
忙しい時に、自分がどのように余裕がなくなるのか、
どのように誤作動をしてしまうのか、きちんと直面し、経験し、
少し離れて、客観的に捉えておくのは
自分を理解する上で、ある一面において、良い機会なのかもしれません。
***閑話休題***
自分を見失いがちな時、忙しくて諸々疎かになりがちな時。
そんな時に、一番気を付けないといけないことは、
自分との関係性。特に身体との信頼関係の
様に思います。
何しろ、今生、どのような使命や目的を持って生まれたにせよ、、
経験や行動の土台となるのがこの身体だからです。
身体との信頼関係を築く簡単な方法は、
ずばり、身体に何をして欲しいかを聞くというもの。
ボクは瞑想しながら、
”今、一番、何をして欲しいか、1週間以内に教えて!”
と聞くようにしています。
この時に重要なのは、どのような回答が来たとしても、
きちんとそれに向き合うこと。
すると、入浴中とか、電車の中でうたた寝をしている時に、
直観として降りてきます。
自然の中をゆっくり歩きたいとか、マッサージして欲しいとか、
もっと睡眠が欲しいetc...
そして、1週間以内にそれを叶えるのが肝要。
勿論、諸々の理由で、叶えるのが難しい内容もあります。
その時は丁寧に身体に謝り、なぜ難しいかを説明して
他の要望を提示してもらうように頼みます。
僕の場合、面白かった要望の一つが、
「自分で作った料理を食べたい」。でした。
情報を得たとき、「えっ???っ」
と我を疑ってしまった。。。
確かに外食がちではあったけど、、、
料理が得意って訳ではないのです。。。
(この時作ったのはは、
マッシュルームのガーリックバター炒めでした。その程度です)
この時、作って、食べてみて分かったのが、
自分の為に時間と手間をかけることが必要だったのだということでした。。
どんな要望であれ、それに真摯に向き合い、対話をすることで、
より直観が冴えるようになったり、
自分自身のことをより深く知ることが出来るようになるようです。
身体が自分に最大限に味方してくれることで、
”いま”、”ここ”、”この瞬間”に留まり、
あまたの試練を乗り越えるエネルギーを集中させることにつながるように思います

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