本作品はウルティマオンライン 、Asukaサーバーで開催されたVesper首長OUT様主催の第一回 飛鳥文学賞の桜スカラブレイ賞受賞作です。

 

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以下、本編です。

 

 

 

 

庭には二羽、ニワトリがいた。

 

正確には、a chickenとa greater chickenが二羽、隣り合わせに並んでいた。Motsugoro-は膝をつき、二羽のニワトリを見つめている。

 

一方ニワトリは、Motsugoro-を見ていない。小さな瞳の奥に、厩の水桶を思わせる深い青を重ね、主を護る衛兵のように屹立している。規律的なその様は、熟練のall stayを感じさせた。

 

二羽のニワトリの後ろで、色褪せた紫のローブを纏った男が、椅子にもたれながらワイングラスを回している。男の名はBIG YOSHIDA。ここは彼の庭であり、二羽のニワトリの主もまた、彼だ。

 

そして、おそらく自分と同じ。あるいは、それ以上のTamerだろうと、Motsugoro-は感じていた。BIG YOSHIDAの何気ない動きに、視線に、洗練されたTamerの所作を見て取れたからだ。堅牢なall stayからも、その練度が伺えた。


だからこそ、おれは賭けに乗ったのかも知れない。きっと心のどこかで、行き詰ったAnimal Tamingを導いてくれる何かを期待していたのだ。Motsugoro-はどちらのニワトリがgreaterなのか注意深く見極めながら、そう考えていた。

 

 

 


Motsugoro-はDragon Tamerになりたかった。毎日森に通い、調教の訓練をした。陽が落ちれば、訓練人形へのイメージスキンシップ、掛け声の書写。さらにはエサの味見まで……。Tameに関わりそうな、あらゆる事を試した。

 

しかしTameの成長は彼の努力に反して鈍化し、やがて停滞した。いつからか、身体に纏った森の匂いはアルコールに、獣を撫でる声は酒場の喧騒に馴染んでいった。

 

そんなある日、BIG YOSHIDAは現れた。酒場では見ない顔だった。他の客から疎まれるようになっていたMotsugoro-には、恰好の獲物だった。うらぶれた息を吐きながら、かつて何万と繰り返した言葉で、声をかけた。

 


”仲良くしてくれる?”



仲良くするつもりなどない。溜まった膿を吐き出したら終わりだ。Motsugoro-はいつものように、Animal Tamingがいかにくだらないか反芻した。BIG YOSHIDAは暫く黙って聞いていたが、Motsugoro-のグラスが空くのを見計らい、野生化したペットをなだめるように言った。


「おまえ、一つ賭けをしよう。おまえが勝ったら、ここのツケは全部持ってやる。だがもしおれが勝ったら、ペットを一匹育ててほしい。どうかな」

 

 



BIG YOSHIDAの庭には二羽ニワトリがいる。そのどちらがgreaterか当てるだけ。最近は……少し森から離れてはいるが……それくらい簡単だろう。酔狂な野郎にツケを押し付けてとっとと飲みなおそう。そう考えていた。


しかし、二羽のニワトリと向かい合って10分、気が逸る。どこが違う……。ちょっと大きいとか、色が濃いとか、そういうのじゃないのか……?声を掛けてもall stayの壁は厚く、反応はない。Motsugoro-は頭を振った。分からない……。

 


 ――チン


BIG YOSHIDAがワイングラスを爪で弾くと、ニワトリがそれに応える。

 コケ―ッ、コックァー、……クォーッケスト。


右のニワトリが嘴で地面を抉りながら、地を這うように視線だけをMotsugoro-に向け、ゆっくりと鳴いた。

「……っ!」

a dagger of vanquishingのような鋭い視線がMotsugoro-を貫く。

この視線……greater?


 ……ンゴッケッゴォォ!

 

左のニワトリが首を奮わせ、天に向かい嘴を裂く。


「く……!」


Mongbatであれば消し飛ぶであろう衝撃波がMotsugoro-を打つ。

この圧力……greater?


ニワトリはそのまま視線だけ下ろし、Motsugoro-を睨む。二羽のニワトリの瞳に、怯えたMotsugoro-の顔が映っている。

 

これは……Animal Tamingに背を向けた負け犬の顔だ……。そんなヤツにgreaterを感じる事ができるだろうか……。いや、できるはずが……ない。ならばいっそ、負け犬に相応しいやり方で……。


名前を直接確認する行為はBIG YOSHIDAに禁じられている。だが、追い詰められたMotsugoro-の手は、ゆっくりと自らの懐に近付いていった。


「おっと、いけないぜ」
「な……!」
 

BIG YOSHIDA is attacking you! 然としたその声は、An Ex Porのような響きでMotsugoro-の身体から自由を奪った。

「All Nameか?そいつはノーだ」
「……なぜ分かった?」

Motsugoro-は第九肋骨を押下する事でAll Nameが発動するよう登録している。だが、それはMotsugoro-しか知り得ない極めてプライベートな情報だ。


「おれのAnimal Loreはかなり高い。わかるさ……」

Grandmaster……?Motsugoro-は戦慄した。️

「それだけじゃない。おまえの成長が限界だってことも……よく見えている」

BIG YOSHIDAはどこか憂い気に呟いた。

「覗きとは悪趣味だな……」


Motsugoro-は目を閉じ俯く。

……これまでか。a greater chicken、どうしておまえはgreaterぶらない?トサカを燃やすとか、羽を蛍光色にするとか、greaterならそれくらい許されるだろう?

もしおれがa greater Motsugoro-なら、己のgreaterを嬉々として見せつけるだろう。Dragon Tamerがおれのgreaterだった。だが現実はどうだ……。酒代なんてちんけなエサにつられてこのザマだ……。嘲笑われて当然。この男の、酒の余興に相応しいクズだ……。

 

 おれはgreaterの器じゃない……。

 greater……、ah greater……。

 嗚呼!グレーター!……あ!!

 

 

 

 

 

Motsugoro-はゆっくりと顔を上げた。

「……触れてもいいか」

「おまえ……」

BIG YOSHIDAのAnimal Loreが何かを感じ取ったのか、その瞳に警戒の色が浮かんだ。

「構わないが……妙なマネはしない方が身のためだぜ」

「おれのAnimal TamingはYew仕込み。Lumberjackingで鍛えた腕力を侮るな……」
「腕力……?」
「フンッ!」

Motsugoro-は息を止め、全身の力を腕へ、そして指先に伝える。fancy shirtの内で、その鍛え上げた筋繊維の一筋一筋が血のマグマの流入によって覚醒し、BIG YOSHIDAに見せつけるように隆起する。


「おまえのall stayは堅い……。悪いが少々荒っぽくやらせてもらうぜ」

Motsugoro-はYew Treeのようになった両腕を背中まで大きく振り上げると、ニワトリに向かって叩き落とす!

 グォケー!!!

「なっ何をする!!」

ニワトリの眼前に振り下ろされたMotsugoro-の手に干し草の束が握られている!!そして、そのまま両腕を広げ、つま先を軸に回転を始めた!!

「ハーッ!!」

遠心力が血液を押し流し両腕に稲妻めいた血管が走る!指先にSTR値が漲溢!ステータス上限無視の握力で干し草を握り潰す!!!

干し草爆散!!!!!


「こいつ!エサをばら撒きやがった……!」

Motsugoro-の回転が最高速度に達すると旋風が巻き起こり気流が収束を始める!そこにMotsugoro-の発する熱と汗が乗じ、局地的熱帯低気圧が発生!渦巻く暴風へと発達した上昇気流が爆散した干し草を巻き込みEnergy Vortexの如し!!


 グォケー!!!


二羽のニワトリは目を血走らせ干し草に喰らいつこうとする……が、できない!身体を縛りつけるall stayが許さない……許してはくれない!


「なにこれ!?」
「ふふ……どうだチキン野郎ども。大好物の干し草がダンスに誘ってるぜ?」

Motsugoro-は低気圧の中心から歩み出ると、勝ち誇ったようにテーブルに置かれたBIG YOSHIDAのワインを奪い、勢いよく呷る。そして再びニワトリの傍らに膝をついた。


「このエサVortexはしばらく消えない」
「どういうつもりだ……」
「まだ分からないか?おまえのAnimal Loreも程度が知れたな……。見ろ、ニワトリの目がエサVortexに釘付けだぜ?まるで野生の獣のようだ……」
「野生化……か。忠誠心を量るつもりか?だが甘い。まるで朝採り春キャベツのように……!」

BIG YOSHIDAは宙に踊る干し草を掴み口を開くとモシャリと咀嚼!ワインを奪い返し胃に流し込む!!


「苦し紛れのお遊戯なんぞ酒の肴……。おれが干し草を食べさせるだけで済む話だ。危うく派手な演出に呑まれるところだったぜ……」

エサVortexに腕を差し込み、絡みつく干し草を集めるBIG YOSHIDA……。しかし、それこそがMotsugoro-の仕掛けた罠だったのだ。


「……やってみろ。おれは動かない。だが、干し草を喰えばall stayの呪縛から解き放たれたニワトリは動き出す。そして、動けばHPバーが飛び出すぜ……?」
「なんだと!?それはルール違反だと言ったはずだ!!」
「ふふ……おれが春キャベツなら、おまえは新たまねぎだ……ずっと甘いぜ」

Motsugoro-は二羽のニワトリの背に両手を添えながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

「おれはただ手を添えているだけ……。干し草に狂ったニワトリが勝手に動いてなんかドラッグした的な感じになっても……それは主人であるおまえの責任では?」

「そっそれは……!ぐ……ぐあーー!!」

BIG YOSHIDAはワインボトルの背を天に掲げ浴びるように飲んだ……!口から溢れたワインがBIG YOSHIDAの頬を伝う。それはall stayと本能の狭間で苦悩するニワトリの血の涙でもあった。


「Animal Tamingとは、その生き物と心を一つにするという事……。ニワトリの苦しみが、おれの中に……!!」

「勝負に慈悲はない。ニワトリよ、翔べ!野生に還るがいい!」

Motsugoro-も負けじとワインを奪い取り浴びる!!両者の緊張と血中アルコール濃度が最高潮に達したその時!!

 コケコォッ……ヴェー!!

 

ついに、庭にニワトリの断末魔が響いた!一羽のニワトリが羽を撒き散らしながら狂気に満ちた目でエサVortexに突撃!!干し草に身を絡ませながら上昇する渦に飲み込まれ空の彼方へ……!!!


「ついに動いたな!あいつがa greater chickenだ!!そして酒代はおまえ持ちだ!!倍払え!!」

Motsugoro-の右手には灰色に鈍く輝くHPバーが握られている!勝負あったか!?



「……ん?え、まって、どっちって?」

BIG YOSHIDAは一瞬動きを止めると、ふと我に返ったかのようにMotsugoro-を見た。

「え?えっと……飛んでった方だ!……でった方だけど……」


Motsugoro-は一応HPバーを確認した。なんと驚愕のa chicken。念のため裏側も確認するが、やはり驚愕のa chicken。


「あっちはgreaterと違うけど……」
「え?……あ、……え?」
「HPバー、出たんだよね?」
「a chicken……」

Motsugoro-はおずおずとHPバーをBIG YOSHIDAに向けた。

「いや、それ自分しか見えないでしょ……」
「あ……そうか……」

ゴォゴォとエサVortexが鳴いている。

「ごめん、より高潔で忠誠心の高い方がgreater……つまり野生化しない……。そういう事を言いたいのかなと思ってたんだけど……」

「いや、よく分かんなくて……先にぐれた方がgreaterっていうか……。あ、ぐれた……チキン……。a greater chicken……。なんつって、ハハッ……」


急速に輝きを失っていくHPバーが、重い。

「あー、そういうの……」
「……」

Motsugoro-は黙ったまま、鉛色にくすんだHPバーを捨てた。
 

ポツ……ポツ……。
 

庭には俄かに雨が降り始め、二人の身体から熱を奪う。

「……雨、降ってきた」
「……ほんとな」

エサVortexはいつの間にか消えていた。

「じゃあ、まぁ……おれの勝ち……だな?」
「……ああ、おまえの勝ちだ」

 コケ―。
greaterがMotsugoro-の足元にトテトテと歩む。

「そいつはgreaterなんて大層な冠を戴いて生まれてきたが……中身は他のchickenと変わらない可哀想なやつさ。おまえの手で本当のgreaterにしてやってくれ。……まぁ、それができるのは、真にgreaterなtamerだけだが……な」

 

「そういう事か……。まぁおれも、ダジャレじゃないよなって、薄々わかってはいたさ……」
「安心したよ。アレが本気じゃなくて」
「へへ……」

 BIG YOSHIDAは酒場へのゲートを出すと、Motsugoro-の肩に手を当てた。


「飲みなおそう。……今度はおれから言わせてもらうよ」

 

 

”仲良くしてくれる?”

 

 

 

 

その後Motsugoro-は、成長の上限が700だということを教わり、書写や味見などを捨てると、再び森に入った。


その傍らに、彼の小さなgreaterを連れて……。

 

 

 

 

おわり