会食恐怖症になった人は主に
- 周りから与えられる原因
- 自身の性質による原因
このどちらか、又はこの両方で発症していると思います。(私の場合は思い当たる節が多すぎて、ひとつに絞れません…)
ここからは大きく分類分けをした上で私の体験談を記します。
まず、私の経験の中で生まれた考えは
食事は
- 完食しなければならない
- 食べるスピードは早くないといけない
- 食べるスピードを合わせなければならない
- 仕方・スピードは周りに見られている
というイメージがつきました。
これらの考えが生まれた具体談として↓↓↓
①教育機関で指導される場合
幼稚園の頃は完食する事を強制
完食しなければどれだけ時間がかかっても、椅子から離れられずずっと残って先生とご飯を食べていました。
友達吐いても食べさせられていた事を今でも覚えています。
(それだけ衝撃的で、嫌な思いを持っていたのかも)
またクラス内で早くご飯を食べられた順で黒板に名前を書くシステムがありました。食べるのが遅い私は1度もそこに名前が書けなかったです。
他にも大きなものを飲み込む事や噛み切る力が弱かったため、ほうれん草を口の中に入れて家に着くまで耐えた事も母から思い出話として語られます。
小学時代は時間内に食べる事、完食する事を強制
小学生の頃は食べるご飯の量が増えた上に、給食時間の後の昼休みが幼稚園の頃より長くはなかったため、完食する事に加え、時間におわれながら食べる事に苦戦しました。
幸い、私は母にこの悩みを相談していたため、中学年の頃からは自分だけ特別に食べられるご飯の量に自分で調節した上で食べていましたが、それでもやはり時間外になることもありました。
中学時代、外食や部活時の食前、食後に体調不良を起こす
中学に入るとお弁当を持ち込む学校になったため、決まった量を食べなくても良くなった代わりに、
友人との外食、クラスでの打ち上げ、家族と敷居の高いレストランへ外食をする際には
食前 食欲不振、吐き気、発汗、
食中 食べ物が飲み込めない、吐き気、発汗
食後 胃液が上がってきて嗚咽または吐きかける
など、現在と同じ症状が出るようになりました。
また、私は運動部に所属したため、土日の部活動の合間に食べるお弁当を食べる際には食後の症状のみが出るようになりました。
②家庭環境
私の家は今でこそ母親の理解があるため、残しても食べるのが遅くても何も言われなくなりましたが、
幼少期は
- 絶対に完食しないと怒られる
- 食べるのが遅いことを指摘される
ことは当たり前(これは教育的には正しいと思います)でした。
しかし、会食恐怖症になりかけている私からするとどちらもとても辛いもので、
完食の強制は
吐きそうになりながら食べることの体の拒絶が発生する原因になったと思います。(小学生の時はこれでも食べられた)今では口の中に入れられるご飯の最大量も減ったし、症状が出ている時には少量を口に入れても嗚咽します。
食べる遅さの指摘は
常に食べている姿は見られているものと捉える原因になったと思います。スピードを見られていると思うだけではなく、食べ方も見られていると考えるようになってしまいました。
また両親の中もあまり良くなかったため、自分の部屋によくこもっていたことで両親の喧嘩を見るのが食事中のみになったのも原因だと思います。
これにより食事をすることに嫌なイメージが着いてしまいました。
今日は経験や考察を書いてみました。
思い出す限りではこんな感じです。
皆さんと重なる部分があれば、いいね・コメントしてください。
次回以降にこれに対してどうして欲しいか書いていこうと思います。