北海道の姪から電話。
母のお葬式も終えてようやく落ち着いたところ。
香典のお礼。
本来なら、駆けつけたい。
でもいけなくて、申し訳ない気持ちでいっぱい。
1年のうちに、父と母をなくしたのだ、
それ以上の悲しいことがあるか。
なぐさめの言葉もない。
気落ちしないでがんばってね。
としかいえない。
でもいう。
いいお別れができた。
1日前に自宅にもどってそして逝った。
弟とふたり、母の手を握って見送ることが
できた。
いいお別れができました。
本当にいいお別れだ。
北海道の姪から電話。
母のお葬式も終えてようやく落ち着いたところ。
香典のお礼。
本来なら、駆けつけたい。
でもいけなくて、申し訳ない気持ちでいっぱい。
1年のうちに、父と母をなくしたのだ、
それ以上の悲しいことがあるか。
なぐさめの言葉もない。
気落ちしないでがんばってね。
としかいえない。
でもいう。
いいお別れができた。
1日前に自宅にもどってそして逝った。
弟とふたり、母の手を握って見送ることが
できた。
いいお別れができました。
本当にいいお別れだ。
今日の新 聞に出ていた。
パソコン乗っ取り、脅迫メールの投稿事件、
乗っ取られたパソコン所有者の誤認逮捕の問題に関し
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警察は、脅迫メール送付時の、容疑者の「アリバイ」を
調べていなかった。
なるほど、アリバイを調べることは重要な判断材料になる。
コロンブスの卵だ。
ただ警察がアリバイを取っていなかったとは
腑に落ちない。
他人のパソコンを乗っ取り、公的機関への脅迫文章などを、2チャンネルなどの
掲示板に送る。
脅迫文書の送付者を調査すれば乗っ取られたパソコンの所有者が犯人として浮かびあがる。
実際の脅迫文メールが送付したのは、乗っ取られたパソコンなのだから、本人が知る知らないは関係なく、調査する警察は犯人はあなた以外にありえません。観念しろ。となる。
現在5人の人がこの被害にあって、一部は逮捕までいったが、その後その仕組みが判明していずれも釈放に向かっている。
一部の人はすでに釈放している。
この問題の解決はむずかしい。
実際に今回発覚したものについても、真犯人はいまだに不明であり尻尾もつかめていないのではないか。
自分なりに考えてみる。
このような問題がなぜおきるのか。
ふせぐ方法はないのか。
第一の問題
パソコンがなぜのっとられるのか。
第二の問題
乗っ取り犯がなぜ、追求できないのか。
第三の問題
本人が知らないうちに、行われた悪意行動を
警察は犯人はあなたですと、断定してしまうのは
なぜか。
とりあえず3つの問題を出してみた。
このひとつでも、解決できれば今回の問題は
おきなくなる。
自分としても、いい考えがあるわけではないが
べっと、一つ一つについて検証してみたい。
遠くに住む、義姉の訃報で心が沈んでいた。
すぐに弔電を送ったが、
思いがけないことがあった。
翌朝配達の配達先郵便局から連絡が入り、
配達先に指定は「自宅」でしたが、すでに式がはじまっていましたので
式場に配達します。また喪主のお名前の一時が違っていましたので
訂正しておきました。
こんなこともあるのか。
郵便局の行き届いた対応に驚き、感謝する。
マニュアルどおりのサービスしかしない日本の役所、
いや、役所から民間に移行したからか?
どちらにしても、郵便局の気遣いのある対応に
今回は心から深く深く感謝する。
地デジテレビになってから、液晶大画面になった。
妻は最初から大きいほうがいいといってそのとおりのテレビとなった。
確か42だと思う。
自分としては、テレビは多少の大きさはいいものの、そんな壁にはまるような
大きさのテレビはちょっと抵抗があった。
かえって、テレビに飲み込まれるような生活になって、
落ち着かないのではないかと、多少不安もあった。
そしていざ大画面テレビの生活がはじまった。
確かに当初不安があったように、大きすぎてもうひとつか
二つ小さくてもよかったのではないかと思った。
ただ、
人は慣れるものだ。
いつのまにか何の違和感もなくなり、
逆に、大画面の良さに感動しているところがある。
映画の1シーンでも、ドキュメントの語りを強調する背景も
大画面の醍醐味がある。
空港の滑走路に1機の飛行機が着陸するシーンも、
1地面雪で覆われた高山の景色も、感動する美しさを持ち出す。
今はさけびたい。
大画面、地デジ液晶テレビ 万歳!
山中伸弥教授がiPS細胞でノーベル賞を取った。
日本中喜びで湧き上がっている。
こういう重要な研究が、日本から生まれたことは本当によろこばしいことだ。
そのおかげで未来を左右するような重要な特許が日本のものとなることも
約束されているのだろう。
そういう、実益に結びつくようなこともたくさんある中で
iPS細胞が今後いろいろなところで、いままでにない新しい
時代を生み出していくであろうことも期待される。
いま一番期待されていることは、臓器移植にかかせない
ドナーの問題の解消だ。
iPS細胞は臓器の製造、それも本人の細胞をもとに作成したiPS
細胞をもとにして、その人の臓器を生成する可能性を示唆している。
これはドナー不要であり、他人の臓器に対する拒絶反応の
問題もない。
そして生殖器も可能性としてあるということらしい。精子、可能なら
女性一人から、子供を生むことも可能性あるらしい。
こうなると、倫理の問題もでてくる。
iPS細胞以前に、クローン人間がいつかうまれる
ということがいわれている。
すでに、羊などクローンがうまれた研究が発表されている。
まだ世界を見ても、人間のクローンが作られた話は聞いていない。
つまり、人を人が試験管のなかで作成するとことは、
倫理的にブレーキがかかっていることは世界共通のようだ。
ただ、倫理は絶対的なものではない、長い長い未来においては
倫理もかわる可能性もあり、クローン人間と純な人間が
半々の時代もあるのだろうか。
そこはどういう世界なのかちょっと想像できない。
たまたま見たNHKの報道番組、日本のある芸能人がロシアの宇宙飛行士訓練所
に行って、いろいろ訓練所内で体験を交え、内部の様子を見せてくれた。
実は驚きの連続だった。
アメリカの宇宙飛行士や訓練所の様子をみるように、普通に飛行士が
説明をし、冗談をまじえ、そして厳しい話を普通に語ってくれる。
例えば宇宙服については、アメリカの宇宙服に比べて簡単に
きることが出来るように工夫されているなど。
普通の報道番組のような流れで全体が進行していったが
それが普通に感じられるがゆえに、そのことが実は驚きの源だった。
ロシア、かってはソ連。初めて人が宇宙を飛んだのはソ連の
ガガーリンだった。
おくれを取ったアメリカは必死で追いつこうとした。
時間はかかったが世界一のコンピュータ会社IBMを有し、
月へ先に着陸したのはアメリカだった。
この両国が競争する様子はニュースでわかったが、
それに平行するように、アメリカに関しては英雄談も、研究の過程も
いろんな報道がなされ、飛行士の名前と顔がわかるように身近に
かんじられていた。
一方、ソ連の方は成功した話だけが報道され人間性は
かけらも感じられず、ただ共産圏だけに、国民のことも省みずに
宇宙開発に莫大な費用をかけて実現しれいるのだろうという
憶測ぐらいしかなかった。
その感覚を残したまま、今回の報道を見たいま
まるでロシアの人が、普通の人として、そしてやはり人として立派に
がんばって、宇宙の進歩に貢献した姿が感じられ、
ロシアも同じなんだ、人としてみれば同じなのか!
その感覚が、大きく心地いい時間を僕にくれたのだ!
さらに、たった一つの報道番組を見ただけでこんなにも
ロシアという国に対する考えというか、気持ちというか、
何かが変わってしまったことにも驚いている。
今年の夏も、猛暑だった。
一日一日を過ごすのも大変な時期だったが、
唯一、気持ちが安らげたのが、朝ベランダに咲いているあさがおを
見ることができたことだ。
妻ときょうは2個よ、とか3個咲いているよとか
単純な話だが、すがすがしい朝顔をみる一瞬は
暑さを忘れる時間だった。
ただ夏の風物詩といいながら、10月半ばとなったいまでも
朝になると数個の花をさかせてくれる。
ありがとう。
サボテンは砂漠のように、極端に水分の少ないところにも
生育できる。
鉢でそだてる場合も他の植木とは違い、水をあげすぎないように
注意する必要がある。
このようなサボテンも花が咲くことがある。
めったには見れないが、数年に一度花をさかせるというし、
実際に子供のころ、父がそだてていたサボテンが
花をさかせて、みせてもらったことがある。
植物にとって花を咲かせるとは、生理学的には
どういう意味があるのだろうか、
サボテンにとって、花をさかせるのは、なにか
意味があるのだろうか、あるいは
何の意味もないのに時に花がさくのだろうか、
誰かご存知の人がいたら是非教えてほしいものだ。
日本のおとぎばなしに月はかかせない。
というか、月はおとぎばなしそのものなのだ。
ちいさいこどものころを思い出の中でも特に
絵本の記憶ははっきりあって、決して消えない。
金太郎が熊にまがって斧をかついでいる絵、
桃たろうと、さる、きじ、そしてだんご、
月の絵、本いっぱいに丸い円、黄色、
その円のなかに、2匹のうさぎが、臼を真ん中において
もちをついている。
きっと、すなおにそのまま、つきの世界ができたのは
間違いない。
すこし年をとると、浦島太郎やかぐや姫などの
物語と出会う。
かぐや姫は、最後には月にもどる運命をもっていて
じいさんおばあさんとお別れのアラストシーがある。
その後さらに年を重ねるに従い、
月は星のひとつで、地球を回る衛星であることを学び、
とうとうアメリカの宇宙飛行士アームストロング他数名が
アポロで月面に降り立つにいたることをしる。
かと言って、僕にとって月は昔のままだ。
真夜中に月を見る時の
僕の心は、おとぎばなしの世界から
すこしもはみでるものではないのだ。