緊急会議
今朝方、経理役がfx保証金庫を確認したところ、金庫内に保管されていた100kのうち45kがなくなっていた。外部からの侵入はない。休みのところ申し訳ないが、緊急会議を開くので出席してほしい旨のメールが届いた。
俺のミスであるのは明白だ。何かうまい言い逃れを考えないと。下手をすると責任まで取らされるかもしれない。あ~、行くの嫌だな。
招集メールには、〜緊急会議のアジェンダ〜 1.事実検証と原因分析 2.fx事業の方向性 とあった。事実検証だと? 原因分析だと? どなた君のミスに対する叱責 と、はっきり書けよ。
出席者は海外担当を除くフルメンバー。海外担当は日本語がわからないので今回のような臨時の会議には呼ばれない。45kごときのことで、なんとご大層な、娯楽部門出身の俺はそう思った。入社時の配属はギャンブル部門だったが、いつの頃か廃れて娯楽部門に統合された。
今年の新年方針発表会で、円高に振れる、fx部門を新設し本年度重点テーマに設定する、と社長自らがプレゼンした。特別人事で俺は、fx担当役員に異動となった。役員といっても名前だけで配下の部門はない。当然、実務も行わなければならない。
この会社には俺が受け持つfxの他に、経理、総務、人事、法務、施設、保健、情報、娯楽、芸術、海外、の全11部門がある。それぞれの部門に役員1名が配置され社長を含めて役員は総勢12名である。社長以外のいずれの役員も俺と同様に部下はない。
特筆すべきはこの会社には製造部門も営業部門もないことである。管理部門だけでいったいどうやって運営しているのか長年この会社に携わってきた俺にもさっぱりわからない。社長がその仕組みを知っているかさえ怪しい。その上、社長はあろうことか監査役を兼務している。監査役という役職は名ばかりである。自分が自分を監査するという監査に監査の意味はないのである。更に付け加えるとすれば、役員12名とも同姓同名である。
しょうがない、非難されるのも仕事のうちだ、行くか。。。
1.事実検証と原因分析
いつもは会議が始まる前にはお愛想程度のバカ話をするのだが、今日は皆沈黙している。社長がご立腹らしい。
総務役が、45k紛失の発見状況について経理役に報告を促し会議が始まった。経理役は淡々と状況報告を行い、詳細についてfx担当の俺から説明をもらいたいと言った。
経理役は役員の中にあって紅一点、魅力的な女性である。質素に見えて艶気があり可愛げがありながら冷たい美しさがある。そんな彼女は実は俺に気があるんじゃないかと俺は思っている。一昨日も会社の廊下ですれ違った時、俺は何かに困っているような素振りなどしてもないなのに、大丈夫ですか? ウフフと微笑んだ。今日は黒のスーツでできるキャリアウーマンをきめている。
他の役員連中を見回すと、皆、地味な色合いの服を着ている。俺の後釜である娯楽担当と俺だけが何か場違いな服装をしている。今日の会議が通夜と同じように神妙なものであることにようやく気がついた。もしかすると、総務役からのメールにドレスコードが記載されていたのかもしれない。総務役はそういう形式張ったことが好きだから、可能性としては高い。いっそのこと白装束で来れば良かった。通夜の中心人物だからな。。。
俺は、次のように報告した。
[収益推移および保証金の逸失]
2/18週30k、2/25週27kとそれまで5~10kであった収益を拡大したが、3/3週9.9kと減少。3/10週は今年最大のマイナ120kとなった。保証金の逸失はこの3/10週の大幅なロスによるものである。
[要因]
3/3週の収益減少は、NY戦での損失マイナ87.6k(6日-35.4、8日-52.2k)によるものである。
3/10週の損失は、NY戦においては戦術の見直しが功を奏し4試合を行い全勝、収益+46.6kと改善したが、前週の急激なUSD下落の反動で147から149まで値を戻し、これに追随できなかったことから、マイナ120kの大幅ロスとなった。
[3/10週の敗因分析]
①上図チャート左下の黄色で囲んだ取引において、先週と様子が異なると警戒してbet1を3回に分けて売り発注を行うも所用で離席している間に-5kとなった。今後の戒めにと思いそのまま放置したが、更にUSDが値をあげたのでbet13までナンピンしたところ、マイナ62.9kとロスが拡大した(最大含み損マイナ80k)。
②上図チャート中央やや右の黄色枠の部分、結果は+3.7kであるが、60分足一目均衡表で雲を超えていることを見逃している。
③上図チャート右上の二つの黄色枠、一つ目の黄色枠で大陽線が出ているが、ポジションを変えず売取引を継続し、次の二つ目の黄色枠でマイナ45kの大幅ロスとなっている。
[課題]
大陽線、大陰線の出現を日足および60分足でチェックする必要がある。
但し、上図中央やや左の雲中にある3/12 21:00の高値以後の2日間は、方向感なくポジション取りは難しい。3/13 10:00の底値手前の陰線を、現状のfx技量では大陰線であると読み間違うはずであり、この点の更なる研鑽が必要である。この2日間の実績は3/13 -26.2k、3/14 +15.9k。
一通り説明をおえて、総務役が質問のある方は...と言うと、情報役が口火を切る。パワポの字が小さすぎて見えない、目をこらしてみたが分析しようにもできない、そもそもfx役の分析は荒すぎますね...。
社長が口をつぐんだままなので総務役が仕方なく、敗因分析の①で所用のため離席したと言われましたが、実際には何をされたんですか? 経理役に聞かれるのが少し恥ずかしかったが、公務で洗濯物を干しに行ってましたと、俺は正直に答えた。すると法務役がそれは公務じゃないですよ、というので、私はfx担当でもありますが、家事役も担っている、あなたもご存知ですよね? むっとして俺は言い返した。すると法務役は、それは子会社の公務であって我が社の公務ではありませんよ、とぬかした。確かに子会社は子会社なんだが、社長も役員も全員同じじゃないか、よくもぬけぬけと。。。
俺が、あなたねぇ..と言いかけた時、社長が机を叩いて、バカモン!そういう話じゃないだろ、正義バカになるなと口をすっぱくしていつも言っているだろう、わからんのか君は!
俺は矛先が変わってくれたと胸をなでおろしたのもつかの間、君はあそこに書いてある字が読めるかね?と俺の方を向いて言った。叱責タイムの始まりだ。
「戦は軽々に始めるものでは無い」という掛け軸が会議室の中央正面に掲げられている。先日の役員会で社長が孫子の兵法を持ち出して役員全員に説教し、皆がいついかなる時も忘れないようにと社長が書き記したものである。
軽々と始めたんじゃないのか、君は。洗濯機はもう回ってたんだろ? 洗濯が終わったら、干しに行くのは君だってわかっていたんじゃないのかね。洗濯ものを干す間は状況が見れないだろ。そこが君の軽々しさなんだ。君は軽々しく始めたということなんだ。bet1がどうしたこうしたという問題じゃない。所用のためだ? 公務だ公務じゃない? 何を言っているんだ。まったく。。。業務を何だと思っているんだ。掛け軸まで書いても何の意味もない。何も変わっていないじゃないか。
一度目の失敗は仕方ないとして、同じ失敗を繰り返す者を何というか言いなさい、fx担当役。。。ボンクラです。。。わが社の社是は? マイナにしないこと、それが重要。言っている自分が恥ずかしかった。だから来たくなかったんだ。くぅ~。。。
社長は更に激高して、この大ボンクラが、とか、せっかく役員にしてやったのに恩をあだで返しやがって。。。とか、言い始めた。
これってパワハラじゃね??? こんなときには耳のスイッチを切って妄想で逃亡だ。パワハラといえばコンプラ。全力脱力タイムズのコンプラ委員会でヒロコヒーから、不合格です、と言われた社長がバカ面になって唖然とする。眼の前には現実として存在する社長が目を三角にして何事か烈しく喚いている。社長のあまりのギャップに思わずニヤッとしてしまった。君は聞いているのかね! 笑っているのか? 両足をコンクリで固めて大阪湾に沈めてやりたいとか言ったので、法務が流石に心配しはじめた。社長に気づかせようと法務役が目配せするが、社長は暴言を吐き続ける。法務役の下手くそな目配せもそれにあわせてエスカレートする。俺は、コンプラ委員会の妄想をまた思い出してしまった。不合格です。。。ケケケッ。。。今度は声に出して笑ってしまった。何がおかしんだ、君は? ケケケッ。。。私のことをばかにしているのか! ケケケッ。。。もう何を言われても笑いが止まらなくなってしまった。。。どのくらいそれが続いたかよく分からないのだが、保健役が、fx担当役、大丈夫ですか?と心配そうに言ってくれたのが聞こえた。俺は、経理役の大丈夫ですかぁウフフを思い出して、ようやく我に返った。経理役を見ると、目に涙をためているようだった。それは、この事態によるものか、あるいは俺に向けてのものなのか。。。
騒ぎが落ち着いて、総務役が、5分休憩の後で次の議題に移りたいと思いますと仕切った。休憩中、俺は社長に謝りに行った。俺はコンプラ委員会妄想をまた思い出してしまうのではないかとひやひやしたが、無事その妄想から抜け出すことができた。社長も僕の方こそ申し訳なかった、と言ってくれた。いつも叱責タイムはこうして終わり、そのうちまた始まるのである。
2.fx事業の方向性
では、次の議題に移りたいと思います。28階にある会議室の窓の外を見ると既にママレード色の空が広がっている。要点は次の3点かと思いますので、それぞれ決を採ってまいりたいと思います。会議室の壁の所々に穴があいている。さっきの騒ぎの間に乱闘でもあったのだろうか。まず1点目ですが、fx事業の継続に賛成の方は挙手をお願いします。満場一致で可決。そういえば施設役の顔が腫れている。俺の手を確認したが傷ついてはいない。次に、fx担当役の続投について賛成の方は挙手をお願いします。俺も渋々手を挙げて満場一致で可決。他の役員の手を見回すと、娯楽役だけが両手を机の下に隠している。そういえばこいつだけが左手で挙手をしていたぞ。やはりこいつか。。。
最後になりますが、失われた45kの補填方法について、fx役の自己負担とする案に賛成の方は、挙手をお願いします。これでようやく帰れると皆が挙手しようとした時、社長が経理役に確認した。わが社の余裕資金で補填は可能かね? おぉ流石は大社長、口ではあんなことを言っても俺のことを気にかけてくれてるんだ。経理役が、税金の還付金で補填することは可能です、と答えた。おおぉ、やっぱり経理役は俺のことを...と一瞬思ったが、還付金は社長の奥様が新しいオーブントースターを希望されておりましてその購入費に充てる予定です、と付け加えた。オーブンくらい買ってもこっちにまわせんじゃないのか? と思ったが、その時の経理役と社長のちょっとした仕草に俺は衝撃を受けた。経理役が”奥様”と言った時、経理役は一瞬社長に冷たい眼差しを向けた。その時、社長の瞳が下に動いたのだ。何なんだ、これは。。。もしやこの二人、できているのか? 怪しい、とてつもなく怪しい。
法務役が会社補填の目は消えたと見て追い打ちをかける。fx役の過失責任は云々、法的根拠は云々、だらだらと喋っていたが、今はそんなことは俺にはもうどうだって良かった。いったい二人はどこまで行っているんだ???
では、挙手をお願いします。満場一致で可決。会社のロスを全額自己負担とは役員といえども不当なはず。が、もう、そんなことだってどうでも良かった。
エグゼクティブフロアー
俺を除く役員全員が会議から解放された安堵感から、先程の騒ぎなど何事もなかったかのように馬鹿話をしながら帰り支度を始めた。手の甲に黒いハンカチを巻いた娯楽役が、会議も終わったことだし、エグゼクティブフロアーで一杯やりませんか?と参加を募った。もともとが、ばか騒ぎ大好き人間の集まりである。異を唱えるものなどあろうはずがない。社長と経理役のことが気がかりな俺は乗り気ではなかったが、二人の関係を探れると思い、つきあうことにした。
エグゼクティブフロアーは、最上階にある。テラスにはひょうたん形のプールがあり、その周りには相当な数の南国の樹木が植えられている。砂漠のオアシスをイメージして芸術役がデザインしたらしい。
みんな役員専用エレベーターに乗り込んだ。経理役がたまたま俺の隣に立った。うっすらと柑橘系のコロンの匂いがした。
いや~、さっきはどうなることかと思いましたよ、と総務役が言う。保健役が僕が一番冷静でしたよね、ケケケッと俺のマネをして言う。経理役が、全員馬鹿バッカじゃないのと思ったわ、と素っ頓狂に言ってみんなが笑った時、経理役が俺の手に小さい紙をこっそり渡した。
俺は、どぎまぎした。そして、体の芯に圧力がキュッとかかるようなあの感覚がした。忘れかけていたあの感覚。経理役は少しだけ俺の方を向いて、大丈夫ですか、ウフフ、と笑った。
今日は風もないし、テラスにしますか、と娯楽役が言って、全員でテラスに出た。いつの間に呼んだのか分からないが、バーテンダーがアイスピックで氷を砕いていて、ステージでは6人のダンサーがサンバを踊っている。どういう理由か知らないがバンドマンは全員メキシカンスタイルだ。空は、もうママレード色から味わい深いグレープに変わろうとしており、皆、空を見上げる。
あ、UFO、と今日初めて口を開いた芸術役が指さす。皆がその指さした方向をみて、おおぁと声をあげると、バーテンダーもダンサーもバンドマンも騒ぎを聞きつけて空を見上げる。役員連中は既にスマホを空に向けている。俺は、UFOがこっちに来るんじゃないかと思った瞬間、グレープ色の空が一瞬にして白い光に包まれた。。。
目が覚めた。。。ああ、やっぱり夢か、どうもおかしいと思ったんだ。あんな馬鹿な話があるわけがない。というか、夢の中までfxとは精神衛生上まずいぞ。夢の中で保健役が少し休まれた方がいいんじゃないですか、と言ってくれたような気がする。そういえば。。。
経理役がくれた小さな紙は何だったんだろう。。。みんながいるので見るチャンスがなかった。どうせ夢なら気にせず見ておけば良かった。柑橘系の甘い匂いを感じる。。。その香りがあまりにも明確なので、パジャマの胸ポケットに指を入れてみると小さな紙のようなものがある。柑橘系の甘い匂いの出どころはこの胸ポケットで間違いない。ぞっとしてその紙を取り出すのをためらった。その時、スマホにメール着信音が鳴った。見ると、緊急会議招集の件とあった。。。
タイトルクレジット
突如として画面が暗転して、あの社長の字体でものものしく書かれたタイトルテロップが映し出される。タイトルは、モチロン「緊急会議」。次のようなテーマ曲とともに同姓同名ばかりのクレジットが流れる。
Citrus scent on your letter / I can still feel clearly / Though I can't even know that / I can take that out anywhere / You can't remember that anymore / but I won't forget that / And that protected me always / when I almost lost a way / Maybe this street will change / at the same speed as my life / even if all passed me away / As you know, / one thing I can say is what I am happiest one / Who knows / who you are