【移植1回目】初移植&結果 | 妊活記録 〜着床の壁は高かった〜

妊活記録 〜着床の壁は高かった〜

33歳から妊活開始。34歳で不妊クリニックデビュー。「妊娠まであと1歩!」と言われながらも、結局着床障害という高い壁を破れず、38歳で不妊治療を終結しました。
採卵7回、移植15回、12敗3分(=化学流産3回)

無事4つの胚盤胞を凍結し、2013年を迎えた。
年末年始の休みが明ければ、つい日移植周期突入。
気分は「妊娠→ママになるまであと少し」気分だった。
それにもし今回ダメだったとしても、あと3つ胚盤胞がある。

胚盤胞3つもあれば、この中のどれかが妊娠するだろう。
そんな風に思ってました。
私も夫も。

2013年1月8日(D22)
午後早退して、SWクリニックへ。
始めての胚盤胞移植。
連れて帰る子は5日目3AAの胚盤胞。
いわゆるグレードは良い卵。

「ちょっと戻りが遅いけど、お腹に戻したら問題ないですよ」

戻りが遅い??
クリニックに来る前は、妊娠確約された気分だったが、その一言を聞いて、少し気分が下がってしまった。

更に着床しはじめると言われる、移植1~2日目は、通院中の矯正歯科のDrと通院スケジュールの件でぶつかってしまい、イライラ😡
(虫歯治療のために、新幹線に乗って矯正歯科指定の歯医者じゃないとダメってどーゆーこと?)

2013年1月22日(D36)
SWクリニックの判定日は、お腹の子が育ってたら4w5dに当たる胚盤胞移植後14日目になる。

あまり自覚症状はない。
妊娠している感覚はあまりないけど、大体普通はこんなものなのか。
始めての事なのでよくわからない。
でも、妊娠してるかも!という期待感を持ちながら、検査結果を待った。

ついに呼ばれる。

「残念ながら、今回は数値出てなかったです」

hcg:0.1、かすりもしない陰性。

「まだ良い卵がありますからね」

続けて来月も移植する方針で診察終了。

始めての移植、そして陰性。
いくら残りの卵のストックがあるからと言っても、自分が思っていた以上にガクッと落ち込んでしまった。

高度治療に対する大きな期待感。
その期待感があるから、時間やお金を工面して治療に臨む。
「陰性」を告げられることは、数ヶ月間のこの努力や苦労が無になる瞬間。

この上から下へ落とされる感情の浮き沈みが、まさに「ジェットコースター」のような感じだった。。