僕が生涯でただ一度、一目惚れしたNさんの話

優しいウソって…前編に続き後編です




「もしかして、Nさん結婚してるの?」

一度疑ってしまうと、ずっと心のどこかに引っかかってしまう。そして、そう考え出すと、思い当たる事もあったり…


どうする? 言うべきか、言わずにいるか。
言わなくても、今のままでも一緒にいて楽しい。

言ってしまうことで関係が壊れたら…?







次のデートは、京都だった。

お昼に待ち合わせて、電車で京都へ。
河原町から市内を観光。
人力車にも乗った。
夕飯は先斗町で湯葉料理を食べた。

なかなか切り出せない。

大阪へ帰る電車の中で、もう一軒だけ飲もうって話になった。

もう、そこしかない。

よく二人で行くバーで今日何度目かの乾杯。
昼からずっと喋りっぱなしだった二人。
夜もふけてきて、さすがに喋り疲れたのか、少し間があいた。
店内にお客は僕ら二人だけ。


今しかない。






「あのね、Nさん。」

急に緊張してきた。うまく声が出ない。
静かなバーでよかった。声がかき消されなくてすんだ。

Nさんも、僕の緊張した顔に気付いた。
真面目な表情になる。

「あの…どうしても気になる事があって。聞いていい?」

「…うん、いいよ。」

「こないだの話、覚えてる? ほら、スナックのママがNさんのこと結婚してるやろーとか言ってた?」

「うん…」

「実は…俺も…疑ってしまってる。こないだまでは思ってもなかったけど…」

「そうなん…」

「本当の事を…教えてくれへん? どうなん?」

「……」

Nさんは少しの間黙って僕を見つめ、それからうつむいて小さく息を吐いた。
この間ほんの10秒ほどだったらしいが、僕には何分間にも感じられるほど長かった。


「そうよ。」

そう言った彼女の微笑みはすごく綺麗だった。

「私、結婚してる。子供も二人いるし、旦那もいてる。嘘ついててごめんなさい。」



出会い方の問題だった。

初めて出会った時、Nさんはあるガールズバーに勤めていて、そこの店長さんに結婚していることは伏せておくように言われていたのだ。

それから仲良くなるにつれて、本当の事を言う機会も何度かあったが、彼女は言い出せなかった。

本当の事を話すと、僕が彼女の元を離れていってしまう。Nさんはそう思っていた。
だからウソをつき通すと決めていた。


でも今、本当の事を言ってしまった。


彼女はこの時、覚悟していた。

ウソをついていた事を非難されることを。
結婚してる事にがっかりされることを。
そして、僕が自分の元から離れていくことを。






でも、僕の反応は全く逆だった。

「Nさん…あの…」

怒るでもなく、がっかりするでもなく、まだもじもじと何かを言いにくそうにしている僕を見て、Nさんは不思議そうな表情を見せる。

「いや、あんな…その…」

「…うん?」

「…旦那さんも子供さんもいるの分かった上で、まだ好きって言っても、いいかな…?」

「……ずるいよ」

そう言って彼女はうつむいた。
こぼれそうな涙を見せないために。

「ありがとう。話してくれて。」

「うん。話せてよかった。」

「うん。聞けてよかった。」

「これでもう私、隠しごと何も無くなったからね。何でも話すからね!」

子供っぽい笑顔で、
今日一番の笑顔で、
彼女は笑った。





それからは、Nさんは本当に何でも話してくれるようになった。仕事の事、子供の事、両親の事、今の事も昔の事も。唯一、旦那さんの事はあまり話さなかったのはちょっとした優しさか(笑)








優しいウソってあるんだろうか。
きっとあるんだろうなと、僕は思う。

それでもこの時は、その向こう側、
真実にたどり着けてよかったと思う。



大切なのは、お互いがどうしたいか。
そう、想いだ。

ウソをつくのも、ウソを見破るのも、実はその手段に過ぎない。



彼女は、今のいい関係を壊したくなかった。
だからウソをそのままにしようとした。

僕は、もっと彼女の事が知りたかった。
だから、真実にこだわった。

実は結婚していようといまいとどっちでもよかった。何でも話せる仲になりたかっただけだった。

二人共、もっと仲良くなりたかった。







「今の私のこと、ぜーんぶ知ってるの、Easyさんだけやからね。」

ある時、こう言って彼女は笑った。
とても光栄に感じた。幸せだった。





ずっと続けばいいなと思っていた。