残された学生生活 to do my best is important -25ページ目

ただいま、今年講義をとりつつもまだ一度も出切ったことのないものを受けている。

はっきり言って暇だ。


教室は大教室だが、これは無駄すぎる。

空き具合といったら、赤字ローカル線なみである。

約半分が眠る。

残り半分が独自の勉学に励む。

そして数人が教科書を見ながらぼーっとする。

暇すぎる。

いま一人暇に耐えれず帰っていった。

インフルエンザ

インフルエンザが流行りだしているという。

一体今まで彼らは何処にいたのか。

毎年ワンシーズンのみの流行のためにずっと存在し続けるモチベーションは相当のモノであろう。

彼らの力は人を死に追い込むほどである。
では人を殺してどうするのか。
まさか、誰かに雇われた殺し屋ではあるまい。


何のために、一年間高いモチベーションを維持し、片っ端から人に襲い掛かるのか。

そんな彼らにかかっても、きちんと早い時期から適切な治療をすれば、完治するのだ。

つまり、一年間我慢しやっと人に取りついたと思いきや、すぐさまやられてしまうのである。
ワクチンを打たれようもんなら、取りついたとたん即死である。

不憫と言えば不憫。

何にも期待されず、嫌われ、しかも取りついたとしても死ぬだけ。


新型以外なら、大流行もない。

たまには少数の味方をしてみるのもありだと、高校三年の受験期に自分は思った。

そう、首都圏の進学校にうっすら取りついてもよしと彼らに心の中で示したのだ。
しかし、かかった人が重くなったり、受験がダメになっては困る。

故に、ミスってもまだ後があるセンターの当日前にかかり、二、三日で消えるように条件を付けた。

これなら、センター本番ミスっても、追試が受けられる。


たまたまではあるが、センターは本試験より追試のほうが難しく、平均も下がるといわれる。

また、その当時首都圏には自分はいなかったので、確実に本番を受けられる。


この計画が成功すれば、不憫なインフルエンザがたまには味方ができ、受験生もまだ追試が確実に残り、重くなる人もいない。

また、これは偶然の産物でもあるが、本試験の自分達が多少なり有利になる。


完璧であった。

ただ、やはりインフルエンザ達とは意志疎通できなかった。

その結果、自分は浪人であった。


もはや、和解の道はなし。
封じ込めされてしまえ。

出席

単位がもらえるのにくだらない授業にでるのは世の中で最も無駄なことである。

省エネの自分としては許されない。

ゆえに毎回自主休講とし、省エネライフを過ごしてきた。


しかし、今になって出席が必要と言いだしたのだ。

もはや絶望的である。

自分の出席率は消費税並みであり、たまに出てもなにもしない。

教授の覚えすこぶる悪く、理解度は皆無である。


ゆえに今年はフル単はない。