道化のクレヨン
序章「悪戯のキャンパス」
暗号
「食べながら話されてもわかりませんよ。」
しばらく歩いていると武藤さんがもぐもぐと僕に話しかける。
「まかわ、まののへるわ?」
また、もぐもぐと。
上司の行動を見て、次に何をすればいいか予測しなさい。
と別の上司に言われたことがある。
もしかしたら武藤さんが言っているこれは暗号だろうか。
えっと「まかわまのの・へる・わ」だったかな?推測してみよう。
だとしたら「まかわまのの」は人名だな、馬川真野乃。
次は「へる」だが、減っていくとかの減るだとして・・・
最後の「わ」とは一体・・・輪?WHEEL?
馬川真野乃・減る・輪
そのくだらなさに苦笑する。
「とりあえず、食べてからお願いします。」暗号じゃないと信じてますよ、武藤さん。
一生懸命口を動かす。
少しずつ食べればこんなことにならなかったのに、と溜息。
そしてやはりというか案の定、武藤さんは苦しみだす。
喉だ。
僕はその喉に詰まったというハプニングが面白くて笑う。そしてふと武藤さんを見ると、
色鮮やかな新商品の横のお茶を買っていた。
「大丈夫ですか?」
「はーごめんごめん。」さあ答えを教えてください。
くだらない推測をしていた僕をすっきりさせてください。
降参です、何かもう助けてください。
「・・・」
「えーっと何の話だっけ?」
ひどい。
何だったんだ僕の推測は。暗号は。
「うそうそ。忘れてないよ」
ときどき本当に忘れたとか言い出すことがある。
「だから、彼女できた?って聞いたの。」
う・・・痛いところを突く。
何故そんなことを言うのですか。
さっきの仕返しですか。
僕の顔が曇ったのが武藤さんに伝わったのか、哀れみの視線を感じた。
「あ、ごめん。」
「何ですか!別に何も言ってないでしょうが!」今の僕、かなり格好悪い。
く、こんなくだらないことで取り乱すなんて・・・
「ご自分こそどうなんですか?」
「ん?私?」
少し前まで惚気話を聞かされていたが最近あまり聞かなくなった。
僕の先輩、紀伊さんと付き合っていると聞いた。
ちなみに僕が後輩で知り合いだということは教えていない。
「まだ彼氏さんと付き合ってるんですか?」
「え、いやー・・・」武藤さんは言葉を濁らせた。
聞いてはいけなかったのだろうか。
僕が黙っていると武藤さんが僕の先を歩き、こう言った。
「付き合ってないよ、もう彼氏じゃないの。」
驚いた。
・・・もう続いてないなんて。すごく仲が良くて、二人共いい人なのに。
あんなにお互いのことを想い合っていて支えあっていたのに・・・
あ、これ推測ね。
「すみません僕、別れてたなんて知らなくて」
「違う違う、別れてないよ。」
え。
武藤さんは歩いていく。
僕はゆっくりと追いかけていく。
風が止んだ。
そして僕に背を向けてこう言った。
「私、人を殺したことあるんだ。」
少し緩い雰囲気だが、武藤さんは僕に本当のことを言ってくれたようだ。
嘘ではないことは分かる。これは暗号だろうか?
いや、全く甘い考えだ・・・
(第1章「緩巻のセレクト」へ続く)
(次回掲載予定は2/15です)