今から2年前の12月のこと。

いつものカウンターで時おりご一緒する方が、その日、大きな荷物を抱えておられました。



「バイアリーさん、僕、これから冬山登山に初めて参加するんです。生まれて初めてなんで、今日、登山用品店で店員さんに教えてもらって装備もそろえたんです。楽しみだなぁ!」



本当に楽しそうに語る笑顔に



「これからですか!じゃあ、あまりのんじゃだめですよぉ。山は気圧が低くて酸素が薄いですから微量のアルコールでも酔っぱらいますからね。 お気をつけて行ってらっしゃい」と見送ったのでした。




それから2日後。
TVが山での遭難事故を伝えるニュースを報じました。
行方不明者の名字を聞き、青ざめました。



「まさか」



映し出されたテロップは、間違いなく彼の氏名を告げておりました。



現地では、直ちに捜索がなされましたが、ついに発見・救助されることなく捜索は打ち切られ、雪解けの春になってから捜索再開と決まったそうです。
雪に覆われた山のどこかでだれにも見つけてもらえずに春まで独り。
山の春ですから、おそらく早くて5月以降でしょう。まだ半年も先ではないですか。
残されたご家族の心中は如何ばかりかと本当に胸が痛んだのでありました。

その後、彼がご家族のもとに帰ってきたという知らせに触れることはなく、屈託ないあの無邪気な笑顔が脳裏から離れないままに時は過ぎていきました。



昨夜、カウンターで別のお仲間と同席。
どちらともなく、2年前の話になりました。



「まだ、ご家族のもとに帰ってないんですよね?」


との僕の言葉に



「バイアリーさん、ご存じなかったんですね。去年の夏に発見されて、無言ながらもご家族のもとに帰ってきたそうですよ。」との答えが返ってきたのでした。



すいません。人目もはばからず泣きました。



2年分の心のつかえが取れました。
無念ではありますが、とにかく帰ってきたことに本当に安堵しました。



居合わせた他のお客様ならび店主様、みっともない姿さらしてお騒がせいたしました。本当にごめんなさい。



Hちゃん。
どうか、安らかに。