「冬らしい冬」

この言葉を本当に実感した今年。
梅の花はちょっと遅れたものの、一気にやってきた暖かい日が桜の花を咲かせ梅と早咲きの桜との共演を目にすることが叶った春となりました。

我が家の庭に出てみると、散り際の梅の木の横で、桃の花が薄桃色につぼみを膨らませているのを見つけた今朝であります。


さて、仕事を終えて帰宅途中の車内でラジオから懐かしい曲が流れてきました。

矢野顕子さんの「春先小紅」。

この曲を聴きながら、懐かしい出来事を思い出した僕でありました。

高校生の春休み。
僕は、ひとつの計画を企てました。

その年の春、港町・神戸でひとつの大きなイベントが行われていました。

「神戸ポートアイランド博覧会」

愛称「ポートピア」と名づけられ、「新しい海の文化都市」をメインテーマにしたその博覧会、平地の少ない神戸が、背後にある六甲山地を切り拓き平地を広げ、さらに、そこで産まれた土を使って海の上に人工の島を作ることで、さらに平地を広げるというまさに「一石二鳥」の壮大なプロジェクトによって催されたものでした。

この桁外れのスケールのプロジェクトは、海沿いの田舎に暮らす高校生の目を輝かせるには充分すぎるものでした。
「都会への憧れ」と「新しい物への好奇心」が僕の心に一気に広がっていったのでした。

「この目で、新しい未来都市を見てみたい」

神戸へ行きたいと親に切り出した僕でありました。



さて、その両親から帰ってきた返事は、

「お前も高校生。自分の力で行ってこい」

という思いがけない言葉でした。

毎日、自転車しか知らず、半径5kmがすべての世界。
ろくに電車すら乗ったことの無い少年に訪れたまさに「大冒険」の始まりでした。


当時、インターネットなど無かった時代。
駅で、時刻表を確かめ、ルートを決め、そして貯めてあったお小遣いで予算を組み。
どれもが初めての経験でした。
そして、泊めてくれることになった当時、京都の大学に通っていた従兄弟の下宿に向かうため、名古屋駅から京都行きのハイウェイバスに乗り込んだ僕でありました。


従兄弟に会場までの行き方を教えてもらい、いよいよ出発。
まずは、京都・四条河原町から阪急電車に乗って梅田まで。
梅田から三宮行きに乗り換え、更にそこから新交通システム「ポートライナー」で島まで。

都会の人の多さと歩くスピードの早さに圧倒されながら、乗り換えを間違わないようにと緊張に身を縮め、そして、窓から見えたポートピアホテルのビルの高さに素直に感動するその姿は、きっと

「田舎の僕」

のそれだったことでしょう。

会場に来る前にピックアップしたパビリオンを見て回り、思う存分博覧会を楽しんで京都に戻った時には、すっかり辺りが闇に包まれていたのを思い出します。
携帯電話どころか、ポケベルもまだ無かったこの時代。簡単に連絡が取れない中で、従兄弟と連絡時刻を打ち合わせし、その時刻遅れないようにと公衆電話の列に並んだ事も今では懐かしい思い出です。

結局、京都に2泊し、従兄弟が京都と大阪も案内してくれ最後は難波で見送られ、近鉄電車に乗り込んだ僕でありました。
家に帰り、お土産を渡し、自分の布団に入ってたとき、田舎しか知らない幼い中学生が

「ちょっとだけ大人になった」

そんな気がした17歳の春でした。



その思い出と共にあるのが、時を同じくして大ヒットしていたこの矢野顕子さんの春先小紅なのです。

この曲に、こんな歌詞があります。


♪ホラ春先小紅ミニミニ見にきてね



その日、緊張と期待で胸が一杯だったポートライナーの車内。
その中でこんな会話が聞こえてきました。


この歌って、ポートピアの歌やんねぇ。だって、

♪ほ~ら、春先、神戸に見に見に見に来てねっ!

っていうてるやん

そうか、春先は神戸に来て正解なんだ。

僕の緊張を一気にほぐしてくれた柔らかな関西弁は、まさに僕の心に届いた麗らかな「春風」となったのでありました。


3月21日。
愛知県は公立高校の合格発表日でした。
ラジオから流れた曲で思い出した「17歳の春のささやかな大冒険」を振り返りながら、この日、「合格」を手にした受験生の皆さんの春から始まる高校生活でたくさん「新しい冒険」に出会ってほしいと願い、心からエールを送る僕であります。