15時44分。
博多駅を定刻通りに出発した列車は、一旦南に進路をとります。
列車は、福岡県から佐賀県に入りました。
程なく、山あいの田んぼが広がる風景の中に忽然と近代的な建物が姿を現しました。
「新鳥栖駅」。
九州新幹線開業に伴い、新幹線の停車駅として新たに作られた駅です。
これまでの基幹ターミナルだった鳥栖駅の機能がこちらに移されて、あらたにこちらが基幹駅として機能しています。
じつは、折角ですので、博多からこの新鳥栖まで、九州新幹線に乗ろうかとも思ったのですが、特急との連携が微妙な感じでしたので、残念ながら、今回は見送りです。
さて、ここから、列車は方角を西に向け佐賀県内を進みます。
「邪馬台国か?」と話題になった吉野ヶ里を抜け、途中「有田駅」に臨時停車。
この日、年に一度の有田焼のお祭りが開かれていたのです。
車窓からホームの向こうに見える駅前の通りには、沢山の人が溢れています。
こんなチャンスは、めったにありません。
ひょっとしたら「熟し柿」の掘り出し物にであえるかも?と
思わず、「途中下車しちゃおうかな~!」と腰を浮かせかけたのですが、思いとどまったのであります。
途中、「早岐(はやき)駅」で列車は、佐世保行きとハウステンボス行きに切り離されました。
ここから進行方向は逆向きとなり、列車は終点佐世保駅に到着したのであります。
(佐世保駅にある記念碑)
JR九州および第三セクター松浦鉄道が乗り入れる長崎県内の主要ターミナルのひとつ。
この記念碑により、ここが、全JRにおける日本最西端の駅であることを初めて知りました。
いやはや、人生半世紀近く生きてきた今日でも、まだまだ新しい発見と感動が体験できるのだと嬉しくなった僕であります。
エプ子さんのファインダー越し記念碑を見つめながら、「やはり、人には、旅って大切なのだな」とあらためて実感する僕でありました。
そう、「新しい発見と感動」。
僕が、この最西端の街に来たのは、まさにその為。
そして、それにプラスして、「人様とのご縁のありがたさ」を噛みしめるため。
このこととこそが今回の目的です。
最近になって再開発された様子の整った駅前の街並みに立つホテルに部屋を取り、ひとまず、荷物を置きます。
外にでると、とうとう雨が降り始めました。
でも、まだ、傘は要らないと判断し、エプ子さんを入れたカメラバッグを肩にかけて目的の場所まで歩き始めました。
途中、こんな素晴らしい建物が姿を現しました。
(三浦町教会)
明治30年に建てられたカソリックの教会。
昭和6年に現在の場所に移され、第二次世界大戦中に見舞われた、佐世保大空襲からも消失を免れた歴史的建造物なのだそうです。
佐世保市内だけでもこのカソリック教会をはじめ各教派によって立てられた教会があり、有名な平戸を含め、この長崎の地が古くからキリスト教が浸透している土地であることを再認識させられた僕であります。
教会の内部も素晴らしいものでしたが、「心の中に写し撮ってください」という張り紙が「カメラ撮影禁止」を告げておりました。
(今回の旅はイエス様に導かれたのか?)
道草を食いながら、ついに目的地到着。
(これを楽しみにやってまりました)
この田舎駄ブログを始めて、早や6年。
この間にこのネット社会で沢山のありがたき人様とのご縁に恵まれてきました。
そして、その出会いが僕に写真の世界の扉を開かせ、「写す心」と向き合う楽しさに目覚めさせてくれました。
そのネット社会の一期一会を通じて、一人の素晴らしい感性に出逢うことができました。
エキサイトブログ「待ってろ kichiji 」の主・lin-kichiji様。
その柔らかな上質の絹のような美しさを僕は、敬意を込めて「kichijiワールド」と呼ばせていただいております。
そのkichijiワールドがこの佐世保で繰り広げられるというご案内が告知され、その日程がこのGWということが解りました。
丁度、このご案内と今回の出張日程を決めるタイミングと重なっ僕。
これぞ、まさ「神に思し召し」と日程を決めたのでした。(でも、まさか、教会とイエス様に出迎えられるとは!!あまりに「出来過ぎ」です)
会場に入ると、懐かしいお姿が。
kichiji様その人であります。
kichiji様とは、2008年11月に、大阪でお会いして以来 ですから、3年半ぶりの再会であります。
そう、この大阪での一日こそ、僕が「写す心」と向き合う第一歩を踏み出した記念すべき日なのです。
僕にとっても大切なこの日が、kichiji様との「出会いの日」でありました。
再会のご挨拶をし、ゆっくり作品の数々を拝見させていただきました。
5年にわたって中国の地に赴き、急激な近代化を進める渦の中に身を置いているからこそ捉えられる「真の姿」が、kichiji様の豊かな感性にフレームから切り取られた「美の世界」が会場の中で広がっていました。
(That’s the Kichiji-World !!)
ゆっくり作品を拝見し、kichijiワールドを堪能させていただいた僕。
kichiji様より、夕食のお誘いを頂きました。
そら、もう喜んでっ!!
kichiji様お勧めの中華料理屋さんへとお連れ頂きました。
はい、これまた堪能。
さすが、鎖国の時代でも外国とつながっていた土地柄です。
絶品のお料理でありました。
食事を頂きながら、ゆっくりといろいろなお話しをさせていただきました。
写真のお話しも勿論ですが、それよりもお互い普段は製造業で働く者同士として、業種と職務のポジションは違えども、抱えている課題に沢山の共通する事柄があり、その話題で話しはつきません。
また、先祖の代から代々その地に暮らす者同士でもあり、その地域・集落の抱える様々な課題についても「暮らす者だからこそ」相通じるお話しでも、これまた沢山のお話しをさせて頂きました。
どの話題も勉強になることばかりで、本当にありがたかったです。
「今日は僕が」
「えっ!そんな申し訳ないです」
「いえいえ、どういたしまして」
はい。すっかりご馳走になってしまいました。
この場をお借りして、あらためて本当にご馳走様でした!!
すっかり土砂降りとなった中、ホテルまで送っていただきました。
またの再会と「次の展開」を楽しみさせて頂くのをお約束してお別れした僕でありました。
ほんと、嬉しかったなぁ!!
やっぱり、来てよかったなぁ!!
そして何より
人様とのご縁って本当に素晴らしいなぁ!!
ホテルに入り、独り、その事を噛みしめる僕でありました。
そう、人様とのご縁の素晴らしさ。
明日もまた、そのことを実感できる時間が僕には待っていました。
その舞台は、博多へと戻ります。
「ネット社会の一期一会 in 福岡」編へと続く
博多駅を定刻通りに出発した列車は、一旦南に進路をとります。
列車は、福岡県から佐賀県に入りました。
程なく、山あいの田んぼが広がる風景の中に忽然と近代的な建物が姿を現しました。
「新鳥栖駅」。
九州新幹線開業に伴い、新幹線の停車駅として新たに作られた駅です。
これまでの基幹ターミナルだった鳥栖駅の機能がこちらに移されて、あらたにこちらが基幹駅として機能しています。
じつは、折角ですので、博多からこの新鳥栖まで、九州新幹線に乗ろうかとも思ったのですが、特急との連携が微妙な感じでしたので、残念ながら、今回は見送りです。
さて、ここから、列車は方角を西に向け佐賀県内を進みます。
「邪馬台国か?」と話題になった吉野ヶ里を抜け、途中「有田駅」に臨時停車。
この日、年に一度の有田焼のお祭りが開かれていたのです。
車窓からホームの向こうに見える駅前の通りには、沢山の人が溢れています。
こんなチャンスは、めったにありません。
ひょっとしたら「熟し柿」の掘り出し物にであえるかも?と
思わず、「途中下車しちゃおうかな~!」と腰を浮かせかけたのですが、思いとどまったのであります。
途中、「早岐(はやき)駅」で列車は、佐世保行きとハウステンボス行きに切り離されました。
ここから進行方向は逆向きとなり、列車は終点佐世保駅に到着したのであります。
(佐世保駅にある記念碑)

JR九州および第三セクター松浦鉄道が乗り入れる長崎県内の主要ターミナルのひとつ。
この記念碑により、ここが、全JRにおける日本最西端の駅であることを初めて知りました。
いやはや、人生半世紀近く生きてきた今日でも、まだまだ新しい発見と感動が体験できるのだと嬉しくなった僕であります。
エプ子さんのファインダー越し記念碑を見つめながら、「やはり、人には、旅って大切なのだな」とあらためて実感する僕でありました。
そう、「新しい発見と感動」。
僕が、この最西端の街に来たのは、まさにその為。
そして、それにプラスして、「人様とのご縁のありがたさ」を噛みしめるため。
このこととこそが今回の目的です。
最近になって再開発された様子の整った駅前の街並みに立つホテルに部屋を取り、ひとまず、荷物を置きます。
外にでると、とうとう雨が降り始めました。
でも、まだ、傘は要らないと判断し、エプ子さんを入れたカメラバッグを肩にかけて目的の場所まで歩き始めました。
途中、こんな素晴らしい建物が姿を現しました。
(三浦町教会)

明治30年に建てられたカソリックの教会。
昭和6年に現在の場所に移され、第二次世界大戦中に見舞われた、佐世保大空襲からも消失を免れた歴史的建造物なのだそうです。
佐世保市内だけでもこのカソリック教会をはじめ各教派によって立てられた教会があり、有名な平戸を含め、この長崎の地が古くからキリスト教が浸透している土地であることを再認識させられた僕であります。
教会の内部も素晴らしいものでしたが、「心の中に写し撮ってください」という張り紙が「カメラ撮影禁止」を告げておりました。
(今回の旅はイエス様に導かれたのか?)

道草を食いながら、ついに目的地到着。
(これを楽しみにやってまりました)

この田舎駄ブログを始めて、早や6年。
この間にこのネット社会で沢山のありがたき人様とのご縁に恵まれてきました。
そして、その出会いが僕に写真の世界の扉を開かせ、「写す心」と向き合う楽しさに目覚めさせてくれました。
そのネット社会の一期一会を通じて、一人の素晴らしい感性に出逢うことができました。
エキサイトブログ「待ってろ kichiji 」の主・lin-kichiji様。
その柔らかな上質の絹のような美しさを僕は、敬意を込めて「kichijiワールド」と呼ばせていただいております。
そのkichijiワールドがこの佐世保で繰り広げられるというご案内が告知され、その日程がこのGWということが解りました。
丁度、このご案内と今回の出張日程を決めるタイミングと重なっ僕。
これぞ、まさ「神に思し召し」と日程を決めたのでした。(でも、まさか、教会とイエス様に出迎えられるとは!!あまりに「出来過ぎ」です)
会場に入ると、懐かしいお姿が。
kichiji様その人であります。
kichiji様とは、2008年11月に、大阪でお会いして以来 ですから、3年半ぶりの再会であります。
そう、この大阪での一日こそ、僕が「写す心」と向き合う第一歩を踏み出した記念すべき日なのです。
僕にとっても大切なこの日が、kichiji様との「出会いの日」でありました。
再会のご挨拶をし、ゆっくり作品の数々を拝見させていただきました。
5年にわたって中国の地に赴き、急激な近代化を進める渦の中に身を置いているからこそ捉えられる「真の姿」が、kichiji様の豊かな感性にフレームから切り取られた「美の世界」が会場の中で広がっていました。
(That’s the Kichiji-World !!)

ゆっくり作品を拝見し、kichijiワールドを堪能させていただいた僕。
kichiji様より、夕食のお誘いを頂きました。
そら、もう喜んでっ!!
kichiji様お勧めの中華料理屋さんへとお連れ頂きました。
はい、これまた堪能。
さすが、鎖国の時代でも外国とつながっていた土地柄です。
絶品のお料理でありました。
食事を頂きながら、ゆっくりといろいろなお話しをさせていただきました。
写真のお話しも勿論ですが、それよりもお互い普段は製造業で働く者同士として、業種と職務のポジションは違えども、抱えている課題に沢山の共通する事柄があり、その話題で話しはつきません。
また、先祖の代から代々その地に暮らす者同士でもあり、その地域・集落の抱える様々な課題についても「暮らす者だからこそ」相通じるお話しでも、これまた沢山のお話しをさせて頂きました。
どの話題も勉強になることばかりで、本当にありがたかったです。
「今日は僕が」
「えっ!そんな申し訳ないです」
「いえいえ、どういたしまして」
はい。すっかりご馳走になってしまいました。
この場をお借りして、あらためて本当にご馳走様でした!!
すっかり土砂降りとなった中、ホテルまで送っていただきました。
またの再会と「次の展開」を楽しみさせて頂くのをお約束してお別れした僕でありました。
ほんと、嬉しかったなぁ!!
やっぱり、来てよかったなぁ!!
そして何より
人様とのご縁って本当に素晴らしいなぁ!!
ホテルに入り、独り、その事を噛みしめる僕でありました。
そう、人様とのご縁の素晴らしさ。
明日もまた、そのことを実感できる時間が僕には待っていました。
その舞台は、博多へと戻ります。
「ネット社会の一期一会 in 福岡」編へと続く