日本列島全体を冬将軍が席巻する今年の1月。
我が家の庭先の海に出てみれば、伊勢湾の対岸、鈴鹿山脈が真っ白に雪化粧して美しい稜線がまるで絵画のような風景を見せてくれています。その鈴鹿山脈から吹き降ろされた北西風の冷たさに海辺に立つ僕たちの頬は刺す様な痛みすら感じてしまう毎日であります。
この美しい情景を「写す心」で切り取りたいと毎朝、日の出とともに海辺に出てはエプ子さんを構えるものの、シャッターを押す手も凍えてしまい、寒さに負けてすごすごと退散。なかなか思うようなショットがモノに出来ず、新年早々から歯がゆい思いが募っている今日この頃の僕だったりいたします。


さて、大坂に出張のご報告をして以来、またもサブロガー生活に突入しておりました。
実は、ちょっとばかり慌しい日が続いておりまして。
ざっと、ご報告しますと、大坂から戻ってから中一日おいて再び西に足を延ばし、今度は山口県へ。出張から戻った週末は、留守中の残務処理をこなすため休日出勤。
翌週は連日名古屋の取引先に置かれた「サテライト・デスク」で仕事をこなし、オフィスを留守にしている間に溜まった仕事はこれまた「休日にまとめて」こなす事に。(もっとも、この週には、嬉しい再会もありましたが、そのご報告はいずれまた、改めていたします。)
迎えて先週、今度は連日あちこちの会議に駆り出されて、あっという間に終わってしまったと一週間でありました。


そんな生活もどうにか先週で決着がつき、ようやく3週間ぶりに休日が取た僕でありました。


さて、この土曜日。ようやくの休日となり、久々に畑に出て、一仕事こなすことにいたしました。

その作業とは、休ませていある地面を鍬とスコップで掘り起こすこと。

この作業を「寒起こし(かんおこし)」といいます。


土を耕すのではなく、鍬やスコップを使って土の天地をひっくり返してやります。
ひっくり返された土は、あえて塊のままにして放置しておきます。
この塊の中の水分が霜に晒されて凍ります。その凍った水分は今度は冬の陽射しで解かされます。
これを繰り返すうちに、徐々に塊はほぐれて地面になっていくのです。

こうすることで、地中に潜む害虫や悪い細菌が死滅していきます。やがて土は健康を取り戻して蘇り、春になれば夏野菜を栽培出来る元気な土壌へと生まれ変わるのです。

大自然と対話をし、その自然の力を畏敬し、季節と天候を味方にしてきた先人たちの見事な「知恵」がここにあります。

大寒の季節。吐く息は真っ白になり、鍬の柄を握る手は手袋をしていても凍えてしまいます。
でも、この寒さこそ、「寒起こし」に欠かせない自然の営み。
寒さが大地にもたらしてくれる恩恵を感謝しなければ罰が当たります。
そんなことを思いつつ、「それでも寒いものは寒いんだよなぁ」とちょっとした愚痴も口に出しつつ、3時間ほど作業に勤んだ僕であります。


予定の場所を終えたところでお昼になりました。
家に入ったら、まず、暖かいお風呂で身体を温めることにいたしましょう。


道具を片付けて、もう一度畑に戻った僕。
手は「ざる」に持ち替えております。


起こしたエリアの傍らに「小さな春」がやって来ておりました。


(菜の花を摘み取って)
海風に乗せて-田舎サラリーマンの徒然日記--201201281402000.jpg


毎年、冬野菜として育てる小松菜やもち菜などが、一部、収穫されないまま春まで残ります。
残った作物たちは、やがて花を咲かせ、毎年「菜の花畑」が広がります。

花が咲いた後、今度は実を付けて、種が出来ます。
その種が、自然と地面にこぼれ、土の中で眠りについたまま季節が巡るのをじっと待ちます。
やがて、夏を過ぎ、秋風が吹く頃に眠った種は目を覚まし、畑の脇の土手などから次々と芽を出します。
その芽はスクスクと育ち、見事な「野良」野菜が育ちます。
畑で育てたものとはひと味もふた味も違う、あくの強い、歯ごたえのある「野生の逞しさ」を備えた野菜たち。
その姿は、もはや「雑草」の風格を漂わせています。

その逞しい植物達は、敏感に自然を感じとり、一足早くこうして蕾をつけるのです。



黄色く膨らんだ蕾を摘みとって、家に入ります。
まずは一風呂浴びて、それから台所へ。

さっとひと茹でして、僕お手製の「お出汁」に浸し、上から鰹節を振りかけたら、「菜の花おひたし」の完成です。


一口噛めば、ほろ苦い風味が口いっぱいに広がります。
そこに泡の主食をぐっと流し込んで。



まさに、至福の時間であります。


口いっぱいにろがるほろ苦さを噛みしめながら、寒い毎日の中でも、「春は必ずやって来る」と自然の営みは僕たちちゃんとに教えてくれているのだということ。

それを五感で実感できる我が田舎暮らし。
その事に心から感謝する僕なのでありました。



田舎サラリーマンの久々の休日のひとコマでした。