例年より早い梅雨明けは、7月にして35度を超える猛暑が到来しただけでなく、早々と台風まで早々と呼び寄せてくれました。
今年は、春に起きた大災害をはじめとして「大自然の大いなる力の前には、到底人知の及ぶところではないな」と思い知らされる年であります。
さて、我々を取り巻く自然の営みに加えて、人は様々な「物」に囲まれて生活を送っています。
日常の中でそれらをうまく使いながら、また、時にはそれらに助けられながら毎日を暮らしていますが、そうした物たちの中で、広く世の中に出回っていながらも自分の日常生活においては、「まず触れることがない」という品目がいくつかあります。
「自分にはまったく用を成さないもの」は勿論のこと、「好みや趣味が合わないもの」であったり、はたまた「高級すぎて手が届かない」などと、理由はいろいろあれど、そうした「自分が手にする事はまずない」という物たちがある事は確かです。
僕の場合、たとえば「食べ物」だったら「乳製品全般」。
これ、ほんと相性がよくありません。おそらく生涯にわたってこれらとは「友好関係」を結ぶ事はないでしょう。
よく「何故?」と聞かれたり、はたまた「それだけお酒がお好きなのにワインとチーズのマリアージュを楽しめないなんて人生の半分を損してます」とまで言われた事があります。
でも、しかし、だって苦手なんだからしょうがない。
いわゆる「ただの好き嫌い」です。
あるいは「嗜好品」ならば、「煙草」。
ご存知の通りお酒は「主食」に位置付けられる僕ですが、煙草とのご縁が無いままに48年間を過ごしてきました。
はっきり言って煙草の美味しさが解りません。まあ、解らないのにわざわざ煙に燻される事もなかろうとまったく手を出すことなく過ぎております。
かといって、決して「嫌煙権主張派」ではございませんのでご安心ください。
それどころか「喫煙権適正擁護派」を任じております。
20歳からの喫煙は飲酒と同様、成人に認められたれっきとした「権利」であります。
「喫煙愛好家」の皆様の権利がきちんと守られ、喫煙を嗜好される方が自身の健康管理を含め、「自己責任において」喫煙行為を選択する限り、非喫煙者への配慮を含めた「快適な喫煙環境の構築」こそが理想だと思っています。
喫煙を嗜好される方々の権利が不当に侵害されることがあってはならないと非喫煙の立場から強く思うのであります。
さて、そんな「自分には縁がない品物」のひとつが
「女性向け雑誌」
ファッション誌からゴシップ誌まで本屋さんのフロアでも一大勢力を誇るのが「女性雑誌コーナー」。
こと本に関しては「好奇心旺盛」な僕ですので、一応一通り表紙だけは眺めていきます。
とはいえ、そこは「表紙を眺める」まで。
決して雑誌を手にレジに行く事はありません。
そんな「ご縁のない」女性雑誌のひとつに「an・an」という雑誌があります。
女性には大変メジャーなこの雑誌、まず僕には用がありません。
今さら「モテ期」も必要ありりませんし、まして「男性アイドルのヌード写真」を鑑賞する趣味も持ち合わせておりません。
僕がまず必要とする情報が載っていないことが明白なこの雑誌ですから、発売されても「表紙を眺めるだけ」がいつものパターンでした。
そんな「表紙を眺めるだけ」ですましてきた雑誌を、実はここ一年ほどひそかに「立ち読み」していたのでありす。
「an・anを立ち読みする白髪あたまの中年サラリーマン」
怪しい。
怪しすぎます。
危なさが際立っております。
僕が書店のスタッフだったら間違いなく「通報」です。
でも、そこは、毎日のように通う書店の皆様。
お互いに顔見知りでもあり、また、普段レジで僕が購入する本から僕の「趣味」はおおまかにご理解いただいており、「きっとそれなりに読みたいものがあるのだろう」と察していただいて、暖かく見守ってくれてるのであります。
さて・さて、この度、一冊のエッセイが出版されました。
「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」というタイトルのこの一冊。
お書きになったのは村上春樹さん。
「小説家は小説を書くのが本分である」との想いからなかなかエッセーをお書きにならない村上氏が10年ぶりにエッセーの連載を再開されたのがこの「an・an」誌だったのです。
連載のタイトルは「村上ラヂオ」。10年前の再開ということで今回は「2」が付いております。
**** 本書「まえがき」より抜粋引用 *****
(前略)
僕は10年ほど前にもやはり「アンアン」で、同じタイトルの連載を持っていたのですが、そのあとは小説を書くのが忙しくて、とてもエッセイの連載どころではなくなってしまった。(中略)小説を書くときには、小説家は頭の中にたくさんの抽斗(ひきだし)を必要とします。ささやかなエピソード、細かい知識、ちょっとした記憶、個人的な世界観(みたいなもの)・・・・・・(中略)抽斗に隠してしまっておくわけです。でも小説を書き終えると、結局は使わずに終わった抽斗がいくつも出てくるし、そのうちいくつかはエッセイの材料として使えそうだな、ということにもなるわけです。(後略)
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最初の「村上ラヂオ」が出版された時、もし、いずれまた村上氏がエッセイを書き始めたら、その時はリアルタイムで読んでみたいなと思っておりました。
その連載再開が今回も「an・an」だったというわけです。
僕にとっては、まさしく「an・an」の立ち読みこそ「抽斗に隠していたもの」。
「まえがき」を読んで、この一年間の僕の行動を見透かされてしまったようで、ちょっと小恥ずかしくなった僕でありました。
さて、ページに広げられた村上氏の隠していた「抽斗の中身」。
「野菜のきもち」
から
「オリンピック」
はたまた
「うなぎ屋の猫」
はては
「ベネチアの小泉今日子」
まで
本当にいろいろな抽斗があけられ、洒脱な文章が読む者を楽しませてくれます。
この夏、ちょっと肩の力を抜きたいとき、小説家の隠していた引き出しの中身を覗いてみるのも楽しいと思う僕なのであります。
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