今年も、この花が咲いてくれました。


オリ江ちゃん片手に僕の大好きな「穴場」の場所へ出かけました。


(川沿いの桜並木)






ある方が、お書きになっておられました。


「この花が最も美しく見えるのは、真下に寝っころがってみること」だと。



(真下に寝っころがって)





この花の前では、もはや言葉不要です。

ただ、ひたすらオリ江ちゃんのシャッターを押すのみです。























日本人の美意識の中には、「潜む美」というものがあると僕は思っています。


「潜み」の中から生まれる「発露」に対して「美」を見出す事が出来る感性。
その感性が「消え行く美」をより繊細に際立たせていくのではないかと思っております。

「刹那」を「無常感のみ」で捉えるのではなく、「潜みと消え」の感性の中で、「情熱と重厚さ」を織り合わせて感じる事が日本人には出来る。

その奥深くにあるのは、「尊敬と感謝の心」に他ならないと僕は思うのであります。



「一瞬」ともいえる時の流れの中で繰り広げられる「咲いて散る」ドラマによって「刹那」を繊細に育む機会を与えてくれる桜の花には「感謝」しかない僕なのです。




この花が咲くことを心から嬉しく思い、そして、喜び、何より散りゆく花への「寂寥感」を「美学」として受け止めるる感性を持つ「日本人」に生まれたことを心から誇りに思う僕なのです。