その日、表彰台の最高峰に立つ赤い衣装を纏った皇帝は、これから自らの口から伝えなければならない言葉をかみ締めていたのかもしれない。
満面に勝利を喜ぶ微笑をたたえながらシャンパンをシャワーする威風堂々としたその姿。
スタンドを真っ赤に染めた人々から贈られる祝福の歓声と金色のしぶきを同時に浴びながら皇帝は何を思っていたのだろう。
「今日が、このモンツァでの最後レースになります」
ドイツなまりの英語で発せられたその一言が、人々がささやき続けた噂が「現実のもの」となった瞬間だった。
「皇帝」ミハエル・シューマッハ現役引退発表。
彼の言葉をTVの画面で感慨深く見ていた僕は、その時確かにみた気がする。
大切な事を伝えた終えたという安堵の表情の奥に潜んだ「闘う魂」を。
そう、決して皇帝は燃え尽きてはいない。
8度目のワールドチャンピオンの座と通算93勝の記録に果敢に挑むその情熱の炎は、しっかり皇帝の胸の中で燃え盛っている。
残されたステージはあと、3つ。
彼は、全ての舞台で表彰台の最高峰にいる事を欲している。
そう、その場所こそが、皇帝が立つに最もふさわしい場所だから。
行こう。
その情熱を肌で感じる為に。
きっと、豆粒ほどにしか見えないけど。
きっと、テレビの前が特等席だけど。
きっと、人ごみに紛れて音しか聞こえないけど。
それでも、行かなきゃ駄目なんだ。
そして、最後のSUZUKAを僕の肌に刻みこむために。