トランプ氏、ドル高心配するのはまだ早い
米大統領としてドナルド・トランプ氏がやることは、仕事ではなく冒険になりそうだ。今週は外国為替市場に口先介入し、ドルを下落させたことを考えてみよう。これは大統領選後のドル上昇につながった同氏の政策とは完全に矛盾する。
トランプ氏がウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のインタビューで「ドルは高すぎる」と発言したことを受け、ドルは17日に1%余り下落した。だが翌18日には反発した。
インタビューでトランプ氏は、「ドルが高すぎるため米企業は(中国に)対抗することができない。これはわれわれにとって打撃だ」と述べた。このことは同氏がドルについて、米国の経済的利益を代表する政策立案者ではなく、依然としてマフラーやステーキを売る商売人のような立場で考えていることを示している。
ほとんどの大統領はドル相場に関するコメントを注意深く避けている。コメントすれば当然、相場に影響を与える恐れがあるためだ。歴代の大統領はドルについての発言は財務長官に任せており、財務長官は常に「強いドルは米国の国益にかなう」と繰り返している。
金融危機後に米国の輸出を後押しするために連邦準備制度理事会(FRB)がとったドル安政策についてバラク・オバマ政権がひそかに歓迎していた時でさえ、財務省は「ドル高は国益にかなう」と発言していた。
だがトランプ氏はこうした前例にとらわれないだろう。ただ、ドル安を伴う米経済を受け入れる前に、景気動向についてある程度考慮しようとするかもしれない。経済が最も好調な時期に大統領だったのは、ロナルド・レーガン氏とビル・クリントン氏。両氏の任期は、ドルが極めて強かった時期に当たる。
1980年代から90年代にかけて米国は急成長し、数年にわたり年率4%の成長が続いた。米国での新たなビジネスチャンスを求めて外国資本が流入。その結果、ドル高が米国の生活水準を押し上げ、原油などの商品価格が低く抑えられた。ガソリン価格が1ガロン=0.90ドル(1リットル=約27円)だったことがクリントン氏の弾劾回避に役だったという見方はあながち間違いではないかもしれない。
一方、長期にわたるドル高によって一部の米企業は海外企業に対する競争力を失い、米国は多額の財政赤字に陥った。1985年、当時の財務長官ジェームズ・ベーカー氏は、欧米5カ国が金融政策で協調し為替相場を安定させることを目指す会議に参加し、プラザ合意が発表された。
米国の好景気は続き、1990年代前半の軽度のリセッション(景気後退)を除いて米経済はさらに長期間、ドル高と高成長を持続させた。リチャード・ニクソン氏、ジミー・カーター氏、ジョージ・W・ブッシュ氏、オバマ氏が大統領を務めたドル安期の経済状況とは対照的だ。
トランプ氏が留意すべきなのは、成長を促す同氏の政策に伴ってドルの上昇が見込まれるということだ。税制改革は、多額の海外利益の本国送金(リパトリエーション)につながる可能性がある。規制緩和によって米国は低コストで事業を展開できるようになる。必然的に資金は米国に流入する。
オバマ政権下で平均年率2%だった成長率が3%に加速すれば、労働市場が逼迫(ひっぱく)し、賃金は上昇する。トランプ氏が支援を約束した中間層の有権者は満足するだろうが、こうした人々は貿易赤字についてはあまり関心を持たないだろう。
トランプ氏には、まず経済成長を再び加速させてほしいと言いたい。ドル高を心配するのはその後でよい。あるいは、心配する必要は全くない。