easterさんのブログ -2ページ目

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本日爆損w

今日はセオリーどおり、東一買いの新興売りの日だったようだ。
今日くらいは全面高になると思った。。。
後場寄り、為替円高だったのに、全般的にGUだったから。

これからは日本株のほかに新興株というものがあると考えよう。
4751 買い 76000→74000

上杉謙信の戦手法と投資戦略への応用について

まずは前回のおさらいから。
織田信長の戦手法の特徴として、その兵力の大きさに応じて手法を変えていくということがあった。
では、戦国一の戦の名人ともいわれる上杉謙信にはそのような特徴はあったのだろうか?
答えは否である。
上杉謙信の戦手法は、自らが常に陣頭指揮するところに特徴があり、それゆえ彼の戦手法の長所が発揮される兵力には限界があったのである。
上杉謙信=戦の名人というイメージが強いため、彼が10万とかの大軍を率いたらどのような戦をするのだろうかと戦国好きなら誰しもワクワクするところだろう。
しかし、彼が関東中の地侍たちを味方につけ、11万ともいわれる大軍を率いて、小田原城攻めをおこなったときは、とうとう陥落させることができないまま撤退している。
人数ばかりが多くとも烏合の衆だったため、つかいものにならなかったのである。
それに反し、彼が愛用した、おそらく兵士たちを彼の体の一部として働かせられるであろう限界値だと思われる8千の兵力を率いたときは、まさに戦の名人としての真価を発揮するのだ。
そう、彼は有名な川中島の決戦で自由自在に兵を操り、武田軍のキツツキ戦法を逆手にとって、2万の兵力を擁していたおなじく戦の名人といわれる武田信玄を後一歩のところまでおいつめたのだ!

さて本論に入るが、こうした上杉謙信が、現代の世で株式投資するとき、どういう手法をとるだろうか?
筆者の見るところ、戦国の世の8千の兵力を○億の資金に置き換えるだろうと思う。
要はこういうことだ。
投資資金は一定の額までは多くなっても一向に不自由しないが、ある限界を超えると一個人が効率よく運用するにはいろいろと困難がつきまとってくる。
織田信長なら投資手法を変えることにより乗り切ろうとするだろうが、謙信なら1億なら1億、10億なら10億と資産が自らの基準値をオーバーすると、ありったけの資金で運用しようなどとはせず、そのつど出金するのではないか。
毎日の投資は常に自らが効率よく運用することのできる限界値で運用し、儲かるつど出金するというやりかたで資金を増やすのだ。
資金量を自ら絞ることによって、彼は常に今が旬の市場でもって、八面六臂の大活躍をしつづけることができるというわけだ。
謙信ほどの天才なら、株式投資をしても自分の得意とする資産=資金量で運用する以上、百戦百勝とはいかずとも度外れた勝率をうちたてつつ出金した資産を山のごとく積み上げることだろう。

結論
2回にわたって、戦国時代の2人の天才の戦手法から現代の個人投資家である我々が学ぶべきことを探ってきたが、要は自分という人間の特徴を理解し、自分にあった投資戦略を駆使することが重要なのだ。
さあ、あなたは信長派?謙信派?いずれでもよいだろうが、あなたも前世は戦国武将だったかもしれないw
健闘をいのる。

織田信長の戦手法と投資戦略への応用について

織田信長の戦手法は、桶狭間以前と以後とでは別人のように変化している。

桶狭間以前は、自分の手足のごとく動く少数の兵力で神出鬼没の働きをし、相手の大軍をものともせず打ち負かそうという手法。

逆に桶狭間で奇襲戦略が大成功を収め、尾張一国の侍が完全に傘下に入ると、どの戦場でもできるだけ多くの兵士を動員し、勝つべくして勝とうとした。

有名な長篠の戦いでは、大量の鉄砲の威力により勝利を収めたことになっているが、そもそも織田徳川連合軍は3万8千で武田軍は1万2千と3倍以上の兵力で、負けるはずのない戦だった。

彼が天才なのは、今まで成功した手法をある段階に来ると挫折を経験することなくしてさっぱりと捨て去ったことだ。

普通の人間はよほど出来のよい人でも、従来の成功したやり方に固執し、相当の挫折体験を経て初めて、今までのやり方ではいかんと気づいて、手法をかえるものだから。

一方、兵力の多寡にかかわらない一貫した手法として、彼の軍隊の進軍スピードの重視があげられる。
前期では桶狭間の急襲、後期では若狭敦賀から京への遁走、近江、越前国境での撤退する朝倉軍への急襲等。


さて現代の我々株式投資家が織田信長の成功体験から学ぶものはなんだろうか?

それには織田信長を現代に蘇らせるのがいいと思う。

織田信長が現代日本に生まれればサラリーマンとしての就職は嫌がるだろう。

起業を志すもそのための資金作りとして、株式投資をはじめるのではないか。

そして、戦国の世での兵力を資金力に置き換えるだろう。

小額資金のうちは信用取引中心で、デイトレ中心、スイングも交えるという手法だろう。

値動きの激しい新興銘柄や仕手銘柄を手がけ資産の激しい上下を繰り返しつつやがて、独自の得意戦法を編み出し、勝ちまくると思われる。

そうして万の資産をを億にする。

つぎに億単位の資産を持った彼は、こんどはがらりと手法を変え、こんどは現物取引中心で基本はスイングでデイトレを交えるという手法をとり、扱う銘柄も東一大型株中心で、新興に資金が入っているときに新興株にも手をだすということになろう。

現物取引だと、リスクを信用取引に比べ軽減できる反面、差金があるのでデイトレにはむかない面がある。


以上、織田信長の生涯の戦手法から、彼の株式取引における手法を断定させてもらったw


さて、ここから第一の教訓として、現在の保有資産がどの程度かで、その多寡によっておのずと投資手法も変化させるべきだということがわかる。

資産が少ないうちは、信用中心で過激な取引を繰り返しつつ、なおかつ戦の中で実戦の勘を磨きぬき、独自の得意戦法を身につけるのだ!


次に第二の教訓として、織田信長は資金力(兵力)の多寡にかかわらず、常にスピード重視の手法をとっていることから、短期取引を繰り返し複利の力によって、資産を飛躍的に上昇させるべきだとわかる。

相場は一寸先は闇の世界である。ポジションを大きくとった時間は、短ければ短いほどいい。

短期取引の繰り返しで儲け続けるには、ポジションを手仕舞いするのに時間がかからないような大きな舞台(大型株)を手がけることこそ大事である。

危ない兆候を感じて当該銘柄の保有株を分投げたらストップ安ではりついてしまい、かなりの部分逃げ遅れたなんてことになるとシャレにもならないから。

新興中心から東一中心へと自分の図体にあった身動きの軽い舞台で戦い抜くべきである。

資産が巨大になれば、狭い日本よりニューヨークを舞台に世界を相手に戦うのもよかろう。


さあ、上記の教訓を生かし現代の織田信長を目指そう!