みの父親が存在しない社会(1)

 

1.トロブリアンド諸島

トロブリアンド諸島は、ニューギニアの近くにある小さな島々ですが、文化人類学の世界ではとても有名な諸島です。マリノフスキーという研究者がかつてここで現地調査を行い、とても興味深い報告を行った場所だからです。この諸島で生活していた人々は、この地域に住んでいる人々と同様、メラネシア系に属する人々です。メラネシアの「メラ」というのは「黒い」という意味であり、肌の色が黒い人々が住んでいる地域という意味です。

 

2.本当の親とは

さて、「本当の親は誰ですか」という問いに対して、私たちはまずは生みの親を思い浮かべるに違いありません。それは私たちにとっては当たり前のこと、当然のことです。しかし、本当の親子関係について、私たちが当然のことと考えるのとは違った考え方を持っている人々もいるのです。

 

3.3種類の親

親について、私たちは通常、3種類の親を考えることができます。第1は、生みの親、第2は、育ての親、そして第3は、法的な親です。この3種類の親は通常は一致しているのですが、この3種類の親が一致していない場合に、誰を本当の親と考えるのか。これが社会によって異なるのです。私たちの世界では、上述しましたように、本当の親といえば、生みの親と考えます。

 

「彼が一緒に住んでいる親は本当の親じゃないんだよ。本当の親はねえ・・・」などというセリフをドラマで聞いたことがありますが、その場合の「本当の親」というのは、私たちは「生みの親」と考えます。本当の親は生みの親というのが、私たちの社会では前提になっているからです。

 

4.トロブリアンドの人々の考え方

ところが、トロブリアンドに住んでいる人々は、そのようには考えません。なぜなら、彼らの世界ではそもそも、「生みの父親」は存在しないからです。なぜかというと、彼らは、男女の性関係によって子供が生まれるとは考えていないからです。もっとも、近代化によって世界的に画一化が進んでいる現代では、トロブリアンドの人々もそうは考えないと思いますが、少なくとも、マリノフスキーが調査した20世紀初頭の時点まではそうでした。調査を行ったマリノフスキー自身も、はじめは疑って、現地の人々にいろいろ質問するのですが、その結果、どうも彼らはそうらしいという結論に至ります。