3.後になって振り返ってみると

高校を卒業して大学に進み何年も経って、人間とは何だろうと考えるようになったとき、あの高校卒業時に寄書きに記したことばは、人間について大事なものを言い表しているのではないかと考えるようになりました。

私たちは生きている以上、いつか必ず死にます。しかも、私たちは自分が死ぬことを知っています。自分がいつか必ず死ぬと知っている動物は人間だけです。死ぬと知っていながら、死に向かって日々刻々と生きているのです。つまり、私たちにとっては、日々の生の営みそのものが、まさに「死への一歩」なのです。そしてそれは、すべての人に当てはまることなのです。

 

くしくも、ある哲学者が、「人間は死へと向かって今を生きる存在である」というようなことばを残しました。私は、それを残した人の人柄はあまり好きではないのですが、そのことばには同意します。

 

4.どちらが楽なのか

ところで、死は生物にとって生の前提です。生きているものはいつか必ず死にます。しかも、死を前もって経験することはできません。経験した時には死んでいるからです。これは生きている者たちに共通しています。しかし、そのことを知っているかどうかはという点では、私たち人間と他の動物は決定的に異なっています。

 

私たち以外の動物たちは、自分がいつか死ぬとは思っていないはずです。彼らはやがて死が訪れるのを知らないまま生きているのです。しかし、私たち人間は自分がいつか必ず死ぬと知っています。知っていながら生きているのです。

 

はたして、死を知らないままに生きている人間以外の動物たちと、いつか死ぬと知りながら生きている人間と、どちらが幸せなのでしょうか。あるいは、どちらが楽なのでしょうか。

知らないほうがいいこともあるのではないかと私は思います。