絵  | 永田マキオフィシャルブログ『inspire』

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お刀女子倶楽部代表・シンガーソングライター・永田マキの徒然日記

思い出したからなんとなく

多分、姉も知らない話(笑)


私の母と祖父は絵がすごく上手でした。

母や祖父が絵を描くのをみるのは大好きで

小さい頃はよく一緒に絵を描いてた。

そしてあんなふうに絵がうまくなりたいなって思ってた


1つ上の姉は絵が上手で、毎回コンクールで賞状をもらってきてた

賞状をもらうことよりも

自分が「コレ!」ってものを思うように描きたかった

私の基準は、子どものそれではなかったのかもしれません


小学1年生になった年、私はいつも次点で

たった1枚だけ、デザイン画コンクールで特選をもらった絵は

大好きな虫をあり得ない色彩で塗った絵

何も考えてなかった

「デザイン」の意味も解らず、ただ描きたいものを描いてた



島に引っ越して

姉の担任の先生は美術のS先生

もの静かで温厚だったその先生は私の同級生のお父さん

1学年に1クラスしかない小学校

「自分の子どものいるクラスの担任なることはない」ってウワサで聞いてとってもがっかりしたけど

その先生は全校生徒の絵をみてくれた


全校一斉のスケッチ大会があって

S先生は入選しなかった私の絵をずっと眺める姿を見て間もなくのことでした。



ある日、S先生に呼ばれて

「絵をもっと描きたくない?」って言われた


それから毎週土曜日はお弁当持って

夕方まで一人で絵を描いてた

私とS先生だけの絵画教室

そのためにS先生は遅くまで残って教室を開けててくれた


近所の牛小屋に行ったり 煙草畑に行ったり

好きなものを好きなだけ

何の迷いもなかった


墨汁を使ったクロッキー

私はそれを下絵代わりにして絵の具を重ねた

大胆な構図

一気に描きあげる絵

それは当時私が夢中だった書道にもちょっと似てた



S先生は私の絵をじーっと眺めて

あんまり何も言わなかったけど、たまにほんの少しだけコツを教えてくれた


S先生が赴任して以来、学校は変わっていきました

長い休み時間に毎週クロッキーの時間が設けられ

学校中の絵のレベルは飛躍的に向上し

私は毎回特選の賞状をもらうようになってた

自分の気に入った絵ほど

「学校保管」となり、返してもらえなくなっていった


家族は私の絵を知らない

私の絵はほとんど私の手に戻ることはなかった


それでも私はその絵画教室がすごく気に入っていて

絵が描ければなんでもよかった



S先生は私の作品をいろいろと応募に出してくれてたみたいで

1枚の絵はたくさんの賞状に変わっていった


郡のコンクールで私の版画が特選に選ばれたと聞いて間もなく

私は鹿児島市内の小学校に戻ることを親に聞かされた

それはあんまり転校する人も少ない冬休みのことで

友達に別れを告げたいと言う私の主張は無視され、誰にも何も言わずそっと島を離れた

2人だけの絵画教室の突然の終わりでもありました


S先生一家とは家族ぐるみのおつきあいだったので

引っ越す時にプレゼントされたS先生直筆の水彩画は

家のリビングにずっと飾られていました


色紙に描かれた水彩画は島の風景で

学校では誰も教えてくれないような絵

奥深い情緒のある大人の絵でした




鹿児島市内の小学校に転校してもずっと特選をもらっていたけど

図画の時間は退屈なものになってしまった

一瞬で描きあげる私に

まだ時間はたくさんあるから手を入れなさいと先生は言った

私は自分の完成した絵に手を入れたくなくて

絵の具を水に溶かして色水を作って遊んでた


先生たちは私の絵を褒めてくれたけど

私は自分の絵に納得してなくて

そんな大人たちの様子をどこか醒めた目で見てた気がします



そのうち、Rockに傾倒していった私は

絵を描かなくなり、師範寸前だった書道もやめてしまった



だいぶ後に始めた写真は、私にとっての絵に近いのかなって思います

私、あんまり写真に写実性を求めてないし(笑)

きっと手段は何でもいいのかもしれない


私の探求はまだまだ続くんだろうな。多分永遠に。