[小説]Tokyo Red Town #2〜風の少年 | 永田マキオフィシャルブログ『inspire』

永田マキオフィシャルブログ『inspire』

お刀女子倶楽部代表・シンガーソングライター・永田マキの徒然日記

「ねえ、君、何歳?」

夕暮れ近くの公園。

砂場で長男と遊ぶ私たちに声をかけてきた少年・・・それが朋也との出会いだった。

$inspire-IMG_4376.jpg




声をかけてきた少年には目もくれず、黙々と砂場に穴を掘り続ける長男の代わりに私が答えた。


「3歳だよ。」

「そうなんだ!僕の弟と一緒だ!」

「君は何歳なの?」

「5年生だよ。僕、朋也っていうの。」


私は一瞬、自分の耳を疑った。

私の目の前に居る朋也はどう見ても小学校1年生ぐらいにしか見えないほど小さかった。

親からの愛情が少ないと子どもはあんまり背が伸びないとブログ仲間が書いてたけど

「まさか、そんな」ってその時つぶやいた自分を思い出した。





「陽太だよ。」

私は長男の背中に視線を落としながら答えた。

陽太は振り向きもしない。

朋也に全く関心がないようだった。

「その子じゃなくってお母さんだよ!」

「え、私!?・・・沢口・・・・・怜だけど。。。」

「レイさん・・・なんだ!」



珍しい子だな、と思って私は朋也を眺めた。

明らかに数年前のものと思われる小さ過ぎるジャンパー、汚れたスニーカー

色白というより真っ白なその肌は乾燥しているようだった。


もしかしたらこの子は大人に飢えてるんじゃないだろうか。。。


直観的にそう思った。

夕方間近の秋の風は、少し冷たくなりかけていた。


「もう学校は終わったの?」

「うん。もう学童は行ってないんだ。5年生だから。」

公園には他に小学生の姿は見当たらなかった。

いつの間にか朋也は私の横にしゃがんでいた。






話しながらも陽太と一緒に穴を堀り続ける私をじっと見つめながら陽太は言った。

「いつも陽太と一緒に遊んでるの?」

「うん、そうだよ。保育園もまだ行ってないからね。」

「ふ~ん。・・・そうなんだ。」

朋也からは少し羨ましさを感じた。

「一緒にやる?」

私は小さなシャベルを朋也に差し出してみた。

「ううん、いいや。」

それからも朋也は黙ってしゃがんでて、私のことを見続けていた。

それはまるで、この空気をじっくりと味わっているかのようだった。

私は敢えて何も言わずに、朋也のしたいようにさせていた。

ただ時折秋の風が、砂場まで落ち葉を運んできていた。






「おー、朋也じゃん!」

身体の大きな男の子が2人、ランドセルを背負ったまま砂場に近づいてきた。

「何やってんだよ~!」

そのちょっとバカにしたような口調に、朋也の顔色が変わった。

「ううん。何も」

男の子2人は私から距離を置いて一瞬足を止めたが、私を一瞥するとそのまま公園を出て行った。





「僕・・・・・帰るよ」

そうつぶやくと朋也は立ち上がって背中を向けて走り出した。

太陽はもうだいぶ翳っていた。




その次の日も私は陽太と公園に来ていた。

土曜日の公園は昨日より少し賑やかだった。


「ブランコやる!」

公園に着くや否や走り出す陽太。

ブランコまで辿り着くと急いでブランコに腰掛けた。

「レイちゃん、早く早くー!押して!!」

私も少し急ぎながらブランコへ向かった。

誰かが向こうから近づいてくるのを感じた。

昨日とほぼ同じ服の朋也だった。





「ちょっとずつね」

恐がりの陽太に合わせて、私はゆっくりと背中を押した。

「家、近くなの?」

私の背後から朋也は挨拶もなしにいきなり尋ねた。

「うん、すぐ近くだよ。そこの角のマンション。朋也くんは?」

「スターマンションだよ!」

マンション名を言われてもピンと来なかったが、誇らしげな朋也の口調から

1ブロック先の大きなマンションが集まっている辺りじゃないかと推測できた。




「ねえ、公園にはよく来るの?」

「そうだねー、近いからね。朋也くんもよく来るの?」

「うん。」

5年生っていったらお友達と来ないのかな

そんな風にちょっと思ったけど、私はその言葉を飲み込んだ。




「次、すべり台!」

そう叫んで陽太はブランコ近くのすべり台の方へ向かった。



「僕も、背中押してー!」

朋也はニコニコしながらブランコに腰掛けて私の背中を向けた。

「う、うん。・・・いいよ。」

私は滑り台の方に意識を向けながらも朋也の背中を押した。

「もっともっと!」

朋也は嬉しそうに声をあげた。

その背中は小さく、あまりにも細かった。




「フフフフ、もっと!もっとー!!」

私は朋也の背中を押す手に力を込めた。

朋也はずっと笑っていた。

「お母さんはお家に居るの?」

私は背中を押すのをやめて、朋也に聞こえるよう大きな声で言った。

ブランコはまだ余力で揺れていた。




「うん。でもね、お母さんはね、弟のことで忙しいんだ。」

「そうなんだ。弟とは仲良しなの?」

「うん。僕ね、1年生の頃に埼玉からパパと引っ越してきたの。

お母さんは僕の本当のお母さんじゃないんだ。」


再婚・・・この街ではそんなのよくあることだった。

お姉ちゃんのクラスでは子どもたちの親の半分近くが離婚してるって同じマンションの幸田さんが言ってたのを思い出した。




ほとんど止まりかけているブランコに座りながら朋也は続けた。

「お母さん大変だから、僕、お手伝いするんだよ!」

「えらいじゃん!朋也くんは優しいんだね!」

朋也は嬉しそうに私を向いて笑顔を見せた。

その姿は年齢よりだいぶ子どもっぽいなと私には感じられた。





「昨日ね、僕、お父さんに殴られたんだ。。。」

「ええっ!?どうして?」

「僕が悪いんだ。弟を叩いたから。ちょっとだけなんだけどね。

 弟が僕の描いた絵、破ったから。

 お父さん、僕を殴ってお家に入れてもらえなかったんだ。

 でも、僕が悪いんだから。」

少しうつむいて喋る朋也を見ながら、私の頭の中を「虐待」という文字が流れた。

「ねえ、朋也くん・・・お父さんに殴られること、よくあるの?」

私は少し慎重に、息を飲みながら尋ねた。




「うん、僕のお父さん、すっごく強いんだよ!」

朋也は私の言葉の意味をまるで解さないように、明るく大きな声で言った。

得意気なその声に、私は何とも複雑な気持ちを憶えた。

虐待されている子どもはそれでも親を庇う、と何かで読んだのを思い出した。

でも本当に虐待されてるんだろうか。。。

私は目の奥が熱くなってくるのを感じながら、思わず朋也を抱きしめたい衝動にかられたけれど

躊躇して、健気なその細い肩にゆっくりと手を置いた。






そんなことを考える私の目の前に、少し怒った顔の陽太がいつの間にか立っていた。

「レイちゃん、帰る!」

普段は公園から中々帰りたい陽太が、自分からこう言うのは稀だった。

「うん、解った。朋也くん、そろそろ帰るわ。またね。」

私は朋也にそう言うと家の方へ向かって歩き出した。

最近手をつなぎたがらない陽太が、自分から私の手を握ってきた。

私はそのちょっと温かい小さな手に、少し力を込めて握り返した。

傾いた太陽は空をオレンジに染めていた。




ふと背後に気配を感じて振り返ると、少し離れて朋也が私たちの後を歩いていた。

私は一旦足を止めて、そしてすぐに家に向かった。

もうそろそろ夕飯の支度しなきゃ。

当時まだ結婚していた夫は土曜のこの日も仕事で、私には平日と何ら代わりがなかった。

マンションの玄関のオートロックに鍵を差して自動ドアを入って振り向くと

そこに朋也が立っているのが見えた。

朋也はジッと何かを言いたげに私の方をみつめていた。

「大丈夫?お家まで送っていこうか?」

「いいよ、一人で帰れるから。」

叫ぶように言葉だけを置いて、朋也は走って玄関を出て行った。

私は少しだけ追いかけて、そしてやめた。



「レイちゃん!」

陽太の声の方に私は戻って、そしてエレベータに乗った。

いろんな思考が頭の中をグルグルするのを感じたけれど、敢えてそれを確認しようとその時は思わなかった。

「今日は何食べたい?」

私は自分の頭の中を打ち消すように、少し明るく陽太に尋ねていた。

この日はいつもより少し遅い夕飯になりそうだった。







「突発性発疹ですね。3歳って遅い方ですね。でも大丈夫ですから!」

私は陽太と評判のいい女医さんがいるという近所の小児科に来ていた。

陽太は通常1、2歳でやるはずの突発疹をこれまでやってなかったが、

誰もが一度はかかると言われるこの病気ということで私は安堵の思いで診察室を出た。



待ち合い室を見渡した時、ある親子の姿に目が止まった。

朋也だった。

少し離れてお父さんとお母さん、そしてその間に弟と思われる小さな男の子。

大事そうに、心配顔で小さな男の子を気遣う両親の視界に朋也は入っていないように見えた。

朋也は私に気づかずに、床の一点を見つめるように微動だにしないで背中を丸めて座っていた。

私はその親子をしばらく見つめたけれど、声をかけないで病院を出る事にした。

胸の奥に、少し握り潰したような痛みを憶えた。

昼下がりの駐車場はやけに白っぽく見えて、私は車への道のりを遠く感じていた。







その日は市の教育相談があった。

保健センターでの検診で希望者は参加できるってことで、私は奨められて予約を入れていた。

身寄りもつてもなく、何となく辿り着いたこの街に、子どもの相談をできる人はほとんどいなかった。


陽太は専門の保育士さんが預かってくれるので私は久しぶりにゆっくり話すことができて解放感を感じていた。

「お母さん、また保育園などに行き出したら変わりますから。大丈夫ですよ。」

相談員の方は微笑みながらそう言った。

陽太は少し変わった子どもだった。

私はそう言われて肩がラクになったのを感じ、部屋を出ようとして、不意に朋也のことを思い出した。


「あの・・・・・全然別の話なんですけど。。。」

私は一度別れたはずの相談員の元に戻っていた。

「近所のお子さんだと思うんですが・・・もしかしたら虐待されてるんじゃないかと思って。。。」


私は自分が見て、そして朋也から聞いた事を話した。

「名字、わからないんです。お家はスターマンションだと聞いてますが。。。

 小学校には行ってるみたいなんです。5年生です。」


「お母さん・・・それだけじゃ何とも。。。

 そういうお子さんでも学校に行ってるんだったらもう連絡は行ってると思うんですよ。

 大丈夫だと思いますよ。」

相談員の答えを聞きながら、何とも割り切れない思いが胸を過ったけれど、私はもうそれ以上何も言えなかった。

自分にできることはやったんだ、私は自分に言い聞かせた。

最後の相談者だった私を見送る保健センターの廊下は静かで冷え冷えとしていた。







それから程なくして、陽太は保育園に入っていた。

私は近所のレストランでランチタイムのホールの仕事を始めていたので急に忙しくなっていた。

自転車で陽太を保育園に向かう途中で朋也を見かけた。

6年生になった朋也はやっぱり小さかったけど、出会った頃よりは少し背が伸びたようだった。

声をかけるには遠過ぎた。

車の往来の向こうで、朋也の姿はマンションの中に消えていた。

朋也を見かけたのはそれが最後だった。






それからの朋也を私は知らない。

もしかしたら引っ越したのかもしれない。

この街に永く留まる人は少ない。

まるで誰もにとって通過点のようなこの街。



今でも時折、朋也の真っ白い顔とその笑い声を思い出す。

その度に私は朋也の幸せを強く祈らずにはいられない。

私の中を風のように一瞬だけ駆け抜けていった少年は

強く逞しく、どこかで元気に暮らしていることを。




         
                             ~つづく~

*この話はフィクションです。
 
 登場人物は実在の人物、写真とは一切関係ありません。