道程 | 永田マキオフィシャルブログ『inspire』

永田マキオフィシャルブログ『inspire』

お刀女子倶楽部代表・シンガーソングライター・永田マキの徒然日記

前回の日記、実は書いてたら出てきた続編があって。

UPするのどうしようかと思ってたんだけどエクソシストが気になるからUPしときます。(笑)


心のセガールさんが紹介してた「ザ・ライト~エクソシストの真実~」、

どういうことなのか、本当は観てから書いた方がいいのだろうけど

映画館でホラー映画なんて絶対に心臓がもちそうにないのでやめておきます。

コメント気になって眠れません、と言いながら今までたっぷり寝ましたが。

姿の見えない存在もこれで少しは観点が変わって癒されてくれればいいなって思いますっ!(笑)



私の部屋にある神棚と観音様の絵とマリア像から、

寛容さについて前回ちょっと書きましたが

ちなみにマリア像、は先日Eちゃんから譲っていただいて、

観音様はかつて私の夢によく出てきて話をしてくれてた方、

神棚は私の日々の感謝の表れ、って感じです。

ホントのカミサマはそんなことでケンカするほど狭量じゃないでしょって思うんだけど。(笑)



最初に業界では、「政治と宗教の話はするな」って言われます。

私は特定の宗教には所属してません。

友人の中には特定の宗教を支持している人もいっぱいいますがそれも全然OKだと思うし。


宗教って人がよりよく生きるための智恵を純粋な気持ちで説いた人がいて

その智恵が広まっていったんだと思うんだけど

その間にいろんな人が介入することによって徐々に形を変えていったり権力やいろんな物と結びついたりの歴史があるだけで

根っこは純粋で素晴らしいものなんだと思います。


そしてその根っこは真髄を語っているので、本当に追求していけば宗教に限らずどの道も

本質に辿りつくんだと思います。


よりよくなりたい、幸せになりたい、ってのは古今東西の人間の希求する最たるものなんでしょうね。


そして宗教は文化的な側面もあるので

その文化をずっと支えてきたという意味でも敬意は持ってたいと思います。


理解と寛容さがちょっとでも増えると、世界は格段にラクで楽しくなっていくと思います。


ドイツの哲学者のニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」の中で意識の進化の3つのレベルについて述べてるそうです。(私もよく知らないけど)

それは「駱駝」→「ライオン」→「子ども」で表現されていて


集団の中で眠たげで怠惰で自己満足し、周りを気にしながら妄想の世界で生きているラクダから


見逃していた「生」に気づき他人の要求に対して「NO!」と言い始め、

集団から抜け出し誇り高く独りで自分たちの真理を吠えるライオンが現れます。


そして最後にはおとなしく従うわけでもなく反逆するわけでもなく

自分自身の実存の真実を体現する正直で無垢な子どもが出現する、というものらしいんだけど


自分の人生と照らし合わせてもこれはよく解る気がします。

私、ライオン長かったな~(苦笑)


音楽とかその他いろんなことやってみても感じるんだけど

最初に基礎や理論、古典、歴史などをみっちり学んで、

やがてそれを一旦外したり壊したり敢えてタブーを冒したり自由に遊んでみて探求し

そして無垢な気持ちで再構築して自分のベストなスタイルを追求していく感じ


全部「道」って同じような気がします。


アメリカの心理学者アブラハム・マズローは「自己実現理論」の中で

人間の欲求を5段階の階層をピラミッドで表現してます。

1.生理的欲求
2.安全の欲求
3.所属と会いの欲求
4.承認の欲求
5.自己実現の欲求

1~4は欠乏欲求、5は成長欲求(存在欲求)と言われ

この2つは質が異なるとマズローは考えていました。

(ここまではよく知られていますが晩年にはさらに高次に「自己超越欲求」があると考え、これが

トランスパーソナル心理学につながっていく流れになってます)



まあ理論は全て追っかけであって、有るものから解りやすいように人が分析して後付けしていくものなのでこれぐらいにしておいて(笑)


私が大事だと思うのは

その目標を達成する過程を通して、自分自身を最高傑作にしていく

ここがいちばん重要な人間の生きる目的なんじゃないかなって

これには終わりがないわけなんだけど。(笑)


小学校から曲を書いてた私が

「最高の作品が書けたら死んでもいい!」ってまじで思ってたんだけど

やってるうちに「作品は自分の反映。自分が最高になれば最高な作品しかできないはず!」

って思うようになって人間探求が始まりました。(笑)


結局、自分自身の実在そのものがアートであって、作品はその断片にすぎないんでしょうね。



全ては道の過程であり、学びであり恩恵で、無駄なことは何一つなくって

結局全ては大丈夫なんだ、ってそう仮定してみると

いろんなことが許せて楽しめて、そして元気が出てくる気がします。


役割として誰かに気づかせたり集合意識のガス抜き的な働きをするために

残酷で悪意に満ちた行為を担う魂が出たりするんだけど、

それでさえ宇宙の中ではその悪役を引き受けることができる大きな重要な演者であり

誰もがいつかは気づいて目覚めて辿りつくんだと思うし

誰もが本来は完璧で素晴らしい存在なんだとそう信じてます。



私も三次元的な底辺は充分に探求してどこからでも学べるようにはなってきたから

寄り道はこれぐらいにして、もうそろそろ本道に戻らなきゃね~(笑)